ニューアカブームからLGBTQ+まで、思想界の二大スターが徹底討論。
千葉氏(左)と浅田氏(右)
相対主義の重要性
浅田 千葉さんの『現代思想入門』は、難しい問題を扱いながら、読者の手を取って案内するようにわかりやすく書かれてますね。現在9万部だそうだけど、広く読まれているのも納得がいきます。
千葉 ありがとうございます。僕はもともと、フランスの哲学者であるジル・ドゥルーズの研究で博士論文を書いたり、それ以前の学部時代にもジャック・デリダやミシェル・フーコーの著書を読んできました。彼らの思想を相互に絡めながらずっと考えてきたので、今回の本はそんな自分の解釈の総まとめの意味合いもあるんです。
浅田 僕の『構造と力』の出版は1983年のことで、もう40年近く前だけど、今回の千葉さんの本が出た影響なのか、最近増刷されたらしく、累計58刷・16万7300部とか。勁草書房が1000部単位で小まめに増刷を続けてくれたのがよかったんですね。
千葉 『構造と力』は、もちろん僕も若い頃に読みました。レヴィ=ストロースに始まる構造主義から、ドゥルーズ=ガタリのポスト構造主義に至るまで、現代思想の複雑な内容を明晰なチャート式で描き出している。かなり難解な部分もありますし、僕は一種の思想書の高みとして捉えています。浅田さんは「ここまで正確に書けるか」と挑発的に書かれた側面もあると思うんですが、それでも、当時の人たちは我先にとこぞって読んだわけですよね。
浅田 いわゆる現代思想に関する当時の翻訳や理解があまりに不正確だったんで、それを修正しつつ整理した。それで僕の意図に反して一種の入門書として受け入れられたのかもしれないけれど。
千葉 今度の拙著の中でも資本主義が発展していく中で、価値観が多様化し、共通の理想が失われた時代、それがポストモダンの時代だと説明しています。そんな時代に生まれた現代思想は、「目指すべき正しいもの」がもたらす抑圧に注意を向け、多様な観点を認める相対主義の傾向がある。現代思想は相対主義的であるというのが今日では批判として言われることもありますが、しかし、相対主義的な見方はかつて非常に解放的なものだったのであり、その重要性は再認識すべきだと思います。
浅田 ジャン=フランソワ・リオタールの言葉で言えば、モダニズムの軸だったマルクス主義のような「大きな物語」が失われた。
千葉 はい。しかし現在、世間を見渡すと、相対主義を斥けて、何でも二項対立で考える風潮が高まっている。白か黒か、善か悪か。だからこの本では、そもそも、なぜ二項対立が生じているのか、状況を俯瞰して冷静に考える知性こそが重要だと書いています。デリダが唱える「脱構築」のような考え方をフランス現代思想から学びましょうと、改めて復習することを薦めているわけです。
浅田 千葉さんの言われた流れで言えば、東西冷戦終結後に多文化主義が広まる一方、そうした相対的な価値を通約するものは価格しかない、つまり多文化主義という表層の背後のグローバル資本主義がすべてを支配する状況になり、儲かるかどうか、役に立つかどうかのプラグマティックな〇×式思考が広まってしまった。それに対し、現実はもっと複雑なんだから複雑に考えようよ、と。
「ニューアカ」ブームの時代
――では、今から40年前、『構造と力』が出版された時は、どのような時代状況だったのでしょうか。
浅田 1970年代末から、東欧の「民主化」やソ連邦崩壊、中国の資本主義化(改革開放)、そしてケインズ主義的福祉国家をかなぐり捨てた新自由主義による資本主義のグローバル化といった動きが始まり、10年後にそれが表面化します。
80年代初頭に中沢新一さんや僕が本を出して、「ニュー・アカデミズム」ブームなるものが始まるんだけど、少なくとも僕がそのとき考えていたのは、旧左翼、とくにスターリン主義の延長線上にある現存社会主義国や、不毛なセクト闘争に陥った新左翼の失敗を清算することで、かえってマルクスを初めとする左翼思想を自由に読み替える可能性が出てきたということだった。ところが実際には、左翼はすべて×、資本主義が〇という方向に動いてしまったんですね。
千葉 経済的には新自由主義が一気に進んだ時代であり、政治的には1960年代から続いてきた左翼活動が頓挫した時代とも言えます。
浅田 79年に英国首相になったサッチャーや、80年に米国大統領選挙に勝ったレーガン、またレーガンと「ロン・ヤス」関係を築いた日本の中曽根康弘らが、新自由主義を推進する。中国でさえ鄧小平が「先富論」を唱え、先に豊かになれるものから豊かになれば、やがてその富が下の方にまで滴り落ちる、と言う。実際には欧米でも中国でも格差が開く一方なんだけど。
80年代にはドグマがあった
千葉 世界は、米国型資本主義こそ万能でそれ以外はすべて駄目だという、極めて単純な二元論の時代に突入したわけですね。
浅田 他方、79年にはイランのイスラム革命やサウジアラビアのメッカ占拠事件が起きて、グローバル資本主義に対抗するには宗教的原理主義しかないという雰囲気が高まってくる。南の第三世界は東西の援助競争もあって発展の展望を描けていました。それが失われて、狂信と暴力への飛躍が生じるんですね。
僕はそんな状況下では知性は死んでしまうという危機感を抱いたんです。複眼的・多元的な見方や考え方ができるというのが知性の最低条件なのに、それが失われ始めていたからです。
だからこそ、ジャングルのような知の世界を渉猟できるような地図を描きたかった。また、哲学者ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著『アンチ・オイディプス』などにヒントを得ながら、資本主義から逃走するための地図を描きたかった。それが『構造と力』や『逃走論』に結実しました。旧左翼・新左翼のように資本主義を批判するより、資本主義の大波に乗りながら、微妙に方向をずらして新しい空間に向かうこともできるんじゃないか、と。
千葉 浅田さんの仕事は、米国型の資本主義をひっくり返して、新たな資本主義の可能性を探る試みでもあったんですね。
ただ、『構造と力』が出た時代は資本主義や左翼思想など、打ち破るべき強固なドグマや権威があったわけですよね。いくら殴っても揺らがないサンドバッグのような。だから、それに対抗する緊張関係の中で、脱構築や逃走といった現代思想の概念が、非常に強い効力を持ち得た。
浅田 その通りでしょう。当時、僕より上の全共闘世代からは「あれは資本主義への転向だ」という批判と「いや、左翼思想をファッショナブルに見せているだけだ」という批判が同時に殺到した。言い換えれば、それだけ大きなサンドバッグがあったわけです。でも、千葉さんの時代になると……。
ドゥルーズ
東浩紀と吉本隆明
千葉 今の時代は戦うべき強固な相手がいなくなってしまったのが実情です。ネオリベ(新自由主義)全開というか、すべてにおいて生産性やコスパを軸にした価値観が遍(あまね)く行き渡った状況になっていて、今さら別の資本主義の可能性をプッシュしようとも、あまり意味はない。『構造と力』が出た時のような緊張関係はなくなっています。
日本の思想界で言うと、2001年に東浩紀さんが『動物化するポストモダン』で、オタク文化の中でもエロ美少女ゲームなど、サブカル中のサブカルにこそ批評的な可能性があると主張しています。それもまた、文化における既成の権威やドグマティズムに対するカウンターだったわけで、読者からは絶大な共感を呼びました。
浅田 東さんのデリダ読解は非常に面白いと思い、僕が柄谷行人さんと編集していた『批評空間』に連載してもらった。それをまとめた『存在論的、郵便的』はあの雑誌から生まれた最も重要な本のひとつです。
ただ、東さんを含めたオタク文化の礼賛者たちは、コスモポリタンなサブカルチャーを異常に嫌う。それを見ていて、これは吉本隆明の「大衆の原像=マス・イメージ」論の現代版なんじゃないか、と思いました。吉本は徹底したスターリン主義批判者で、モスクワのご託宣を翻訳するだけのエリート輸入業者を嫌い、日本の大衆に内在しつつ考えようとした。大衆が貧しかった時代には、それはエリート知識人を撥ねつけるサンドバッグとして機能したかもしれないけれど、大衆がそこそこ豊かになると、そこから生まれるマス・イメージとしてのオタク文化を評価しても、ドメスティックな消費社会をやんわり肯定することにしかならない。
千葉 僕の『現代思想入門』が、そのような対立図式や倒すべき相手がいない時代に出たにもかかわらず一定の売れ行きを見せているのは、読者のみなさんが今の時代状況に何かしら危機感を抱いていて、どんな知のあり方が可能なのか探り求めているからだと思います。
浅田 僕の『構造と力』と千葉さんの『現代思想入門』は、まったく違う文脈にあるんでしょうね。
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source : 文藝春秋 2022年9月号