愛読書はなにかと聞かれ、ほんとうに正直に答えるならば、それは「リスト」であると言うほかない。「必読〇〇」とか、「××の古典100冊」と銘打ったような、あのリストである。
LPを集めるのが昔から趣味で、ロックやソウルの名盤リストを片手に、レコード店巡りをしている。まだ聴いていないレコードの音を、解説文を読みながら想像する。足で稼いで、苦労して探しあてる。ターンテーブルにのせる。針を下ろし、音が鳴り出す。リストに赤丸をつける。目をつむる。コレクターなら分かってくれる。至福の時である。
ほとんど同じことを、中学、高校時代から、本でもしていた。
極端に貧乏な家庭に育ったので、新刊はおいそれと買えなかった。狙いは中古の文庫本。やはり古本で買った岩波新書『文学入門』(桑原武夫著)の巻末リストにある本を集めた。ボッカチオからセルバンテス、ゲーテにバルザックにドストエフスキー、魯迅まで、海外文学の古典50作品リストだった。ほとんどが文庫本で、古本なら、貧乏中高生でも手が届いた。
手に入れたら、リストの書名の頭に赤丸をつける。読了したら青丸。赤、青の二重丸がひとつずつ増えていく。コレクターなら分かってくれる。至福の時である。
大古典の大長編ばかりで、桑原リストを完全踏破するのは意外に難しかった。マルロオやヤコブセンなどすでに入手しにくい本もあったから、完全なコレクションをそろえ、読了するのに20年以上かかった。これと並行して、サマセット・モーム『世界の十大小説』(岩波文庫)やヘルマン・ヘッセ『世界文学をどう読むか』(新潮文庫)の読書リストにもはまった。
極めつきは、柄谷行人、浅田彰らによる『必読書150』(太田出版)だった。海外文学、日本文学、社会科学で150作品の古典をあげている。文学はどうにかなったが、難物は社会科学だった。プラトン、アリストテレスに始まりデカルト、カント、ヘーゲル、ハイデガー、ラカンにドゥルーズ゠ガタリら、超ヘビー級の著作が遠慮なく並ぶ。選者の一人は、自分も全部読んでいない、と白状している。
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source : 文藝春秋 2023年5月号