藤原「『野菊の墓』は何度も泣いた」
林「『風と共に去りぬ』でショックを」
林 今日のテーマは「人生を決めた本」——と言ってもお引き受けするまではよかったんですけれど、昨日からちょっと気が重くなってきまして。
藤原 どうしてですか。
林 先生と私じゃ、読んできた本のレベルも知性も違うだろうし……。
藤原 いやいやいや、とんでもないですよ(笑)。小説を書くには、それこそ膨大な資料を読み込まなければいけないじゃないですか。今日は、そんな林さんのデビュー前の読書まで聞いてみたいと思って来ました。こういう時、真っ先に思い浮かぶ1冊は何ですか?
林 何と言っても『風と共に去りぬ』(M・ミッチェル、新潮文庫ほか)ですね。中学2年生の時に読んで、あまりにもショックを受けてしまいました。山梨県の小さな町に暮らす女の子には、物語と現実の区別がつかず、波乱に満ちたスカーレットの人生に「こんなにも劇的な人生を送る人もいるのに、私は一生ここでつまらない毎日を過ごすんだ」と思って、死にたくなったくらい。間違いなくあの本によって、どこかもっと大きな世界に飛び出したいと切実に願うようになりました。先生はいかがですか?
藤原 私たち一家は満州からの引揚げ者でしたから、家には1冊も本がありませんでした。お金もない、本もない、何もない。そんななか、4歳か5歳の時に父が「赤い鳥」という厚い本を買ってきてくれたのです。戦後の藤原家にやってきた初めての本で、他に読むものもないから何度も何度も読みました。
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source : 文藝春秋 2023年5月号