正直、私の場合、人生で影響を受けた本となると一択しかなくて、フランスの哲学者モンテーニュが書いた『エセー』(白水社など)です。断然この本なんです。全7巻の大著が寝床に置いてあり、今も繰り返し読みます。モンテーニュのお蔭で、現在の私があると言っても過言ではないくらいです。
今から50年ほど前、私の学生時代は、ドストエフスキーの『罪と罰』やスタンダールの『パルムの僧院』など海外文学が流行っていて、私も夢中で読みました。やはり日本文学に比べて遥かにスケールが大きく、異国の貴族の生活なども窺い知れるのが面白かった。
ただ、北海道大学の医学部を卒業した頃に、はたと気づいたんです。
「小説は絵空事だ。社会を生きる上でまったく役に立たない」と。ちょうど社会人になる時期だったのも影響したのでしょう。いかに生きるかを説く哲学こそが大事だと悟ったんですね。
最初はソクラテスやプラトン、デカルト、孔子にまで手を伸ばしましたが、「ああしろ」「こうしろ」と何だか偉そうに説教臭いことが書かれていて、ピンとこなかった。でも、モンテーニュはまったく違いました。彼だって何十万年の人類の歴史の中で最高の知性を持った教養人ですが、「私は何を知っているのか(ク・セ・ジュ)?」の名文句で知られるように、自分自身のことを謙虚に、かつ率直に綴っているんです。
「目標を見失っても、その時やりたいことをやればいい」「仕事や学問は人間にとって大した意味はない。自由に生きろ」。例えば、こんなことを語りかけてくれる。読むと俄然、気が楽になるでしょう。堅苦しくなくて、とても柔らかい文章で書かれているのもいいんです。
調べたら、モンテーニュは驚くほど特殊な人生を送っているんですね。まず、家が金持ちで16世紀にお城で生まれている。父親は成金の貴族でかなり変わった教育方針の持ち主でした。モンテーニュが2、3歳の頃に近所の農家に預けて、貧しい家庭で生活する経験をさせているんです。そうかと思うと今度は180度方針転換し、6歳まで家庭教師のもと当時の学問に必須とされたラテン語をみっちり学ばせています。
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source : 文藝春秋 2023年5月号