ぼくは22歳の時、手刷で自主制作の絵本、すなわち、自分で刷って自分で綴じた『しばてん』という絵本を11冊だけ創った。そのうちの1冊がイラストレーターの故和田誠さんの手に渡り、児童文学者の故今江祥智さんに届いた。その時までお名前も存じ上げず、お会いしたこともなかった今江さんが、その『しばてん』を電車の中で見て泣いてしまったという。ぼくは今江さんに感謝しきれないほど、お世話になったけど、それ以上に力をいただいた。ぼくの作品を観て泣くほど心を打たれる人がいたということだ。それは今に繋がる。罵倒されバカにされても屈しない力を、今江さんからいただいたのだった。その後、今江さんは『しばてん』を新聞紙上や講演会などで大絶賛してくれた。そのあと、松居直さんが編集長だった福音館書店「こどものとも」編集部にぼくをつれていってくださった。松居さんは、ぼくの処女作になる『ふるやのもり』を出版してくださった。
今日は82歳の誕生日から1ヶ月。手刷『しばてん』から60年。『ふるやのもり』から58年になる。『ふるやのもり』が出版されると、ぼくが敬愛していた絵本作家の故赤羽末吉さんが褒めてくださり、御自宅でスキヤキをご馳走してくださった。故長新太さんは、アトリエに入れてくれた上、「どうしたら、こんな絵がかけるの?」と聞いてくださった。故瀬川康男さんは、ぼくの三畳に押し掛けて来て、一晩泊まっていった。ぼくは、しめた大成功だと思った。ところが、絵本の現場(出版社、保育、読み聞かせ等に関わる大人たち)から、「色が地味で、子ども向きでない」「芸術家のエゴという泥靴で絵本の花園を踏み荒らすようなものだ」などと、大批判に晒された。
4年後、『ちからたろう』がブレイクして、出版社から依頼が殺到するまでは、栄養失調からくる病気で死にかけたり、家賃を溜めて路頭に迷うこともあった。その後、ぼくは次々と新しい絵本を、斬新な手法で発表し続けてきたが、「芸術ぶった子ども忘れの絵本」「大人向けに描いている」と云われっぱなしだ。しかし、そんな評判を気にしていては、面白い作品は描けない。そういう悪口を勲章にして今日まで歩いてきた。
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source : 文藝春秋 2022年6月号