風刺画が暴き出す近代史

巻頭随筆

若林 悠 風刺画研究家
ライフ 政治 アート 歴史

 2014年、ドイツのアマチュア作家が綱引きをモチーフに使った政治的風刺画を描き、インターネットにアップした。中央に黄色と青の旗が結ばれたロープをプーチンとオバマが全力で引き合い、どちらかというとオバマが引きずられている。その横では余裕の表情の習近平がロープにハサミを入れようとしている。ハサミを入れるとどちらもひっくり返るだろうが、描かれた手の位置で切るなら黄色と青の旗はプーチンが獲ることになる。

 8年前のアマチュア作家は米露のどちらに正当性があるかには言及せず、肥大化する中国の存在に焦点を当てていたのだが、今ならおそらくロシア非難の色彩を出して描くだろう。

 無名の個人が世界に向けて自分の意見を発信できる現在、風刺画は多岐に渡る表現手段の一つに過ぎないが、風刺画以外に世論を知るすべが何一つない時代もあった。識字率が低い上、言論の自由など荒唐無稽なたわ言であった時代には、ひねりの利いた一枚絵だけが庶民感情の表明なのだ。意識しておきたいのは、それが特定のイデオロギーを持つ活動家が無料で配布したビラではなく、値段の付いた商品で、庶民が自ら買い求めた愛好品であることだ。

 昨年末、庶民目線で辿った日本近代史「風刺画が描いたJAPAN」を上梓した。私は風刺画が好きで、もう20年ばかり19世紀以降の国内外の作品を集めている。初めはかつての作家たちの意外なほどの絵の上手さに興味を引かれただけだった。しかし間もなく、芸術の分野にも思想の分野にも入れられず何の研究対象にもなっていない、B級風俗として扱われてきたこれら作品群が、実は大変な価値を内包していることに気づいた。絵の脇に添えられたセリフを日本語訳(現代語訳)し、さりげなく描き込まれた小道具の意味を解析すると、時に現代の一般的認識を根底から覆すような歴史の真実が浮かび上がってくるのだ。

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source : 文藝春秋 2022年6月号

genre : ライフ 政治 アート 歴史