大江健三郎著 画・大江ゆかり「光と音楽」

綿矢 りさ 作家
エンタメ 読書

大江家のリビングに座っているような心地がした

 本書は題名の通り、「光と音楽」について、ずっと詳しく書かれているが、同時に長男の光さんを、注意深く観察し、見守る大江健三郎さんの姿も浮かび上がってくる。

 大江さんは光さんの作曲する音楽を、彼の言葉と捉え、光さんの一挙一動は彼の気持ちを表していると捉えている。障害によるものか、光さんが物語ることをしないと気づいた大江さんは、彼の発する、言葉でない言葉を聞き取ろうと、つねに熱心だ。

 その姿は、愛情深い父親でもあり、また光さんを通じて、より豊かな精神世界を言葉で表現したいと願う作家でもある。

 また妻の大江ゆかりさんが、そのような親子の姿を含め、家族全体や出会ってきた自然を、繊細なタッチとみずみずしい色彩で描いた挿絵が、文章の合間に挟まれているので、より濃厚に、当時の大江家の雰囲気が、本全体から漂っている。

大江健三郎著 画・大江ゆかり『光と音楽』(講談社)2420円(税込)

 私は今も昔も、大江家のような文化的な家庭とはほど遠い、騒々しい家庭のなかに暮らしているが、それでも本書を読んでいる間は、大江家のリビングに座っているような心地がした。

 本書が柔らかな空気に包まれているように感じるのは、大江さんの穏やかな文体ももちろんだが、光さんの人柄によるものも大きいだろう。大小様々な困難に遭っては、繊細におびえる光さんの描写を読むと、心が痛むが、同時に何事に対しても全体的に無感動になってきた自分を、いったん忘れて、彼の視点でこの世界を見ることができる。

 障害を持つ子を育てる親として、等身大の正直さで気持ちを打ち明ける文章も多く見られ、押しつけがましくは無いが、似たような苦労を抱えている人たちの心を温めたい、という気づかいも感じられた。また大江さん自身も、光さんについて包み隠さず書くことによって、明日も再び頑張ろうという英気を養っているようでもある。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2025年9月号

genre : エンタメ 読書