大江家のリビングに座っているような心地がした
本書は題名の通り、「光と音楽」について、ずっと詳しく書かれているが、同時に長男の光さんを、注意深く観察し、見守る大江健三郎さんの姿も浮かび上がってくる。
大江さんは光さんの作曲する音楽を、彼の言葉と捉え、光さんの一挙一動は彼の気持ちを表していると捉えている。障害によるものか、光さんが物語ることをしないと気づいた大江さんは、彼の発する、言葉でない言葉を聞き取ろうと、つねに熱心だ。
その姿は、愛情深い父親でもあり、また光さんを通じて、より豊かな精神世界を言葉で表現したいと願う作家でもある。
また妻の大江ゆかりさんが、そのような親子の姿を含め、家族全体や出会ってきた自然を、繊細なタッチとみずみずしい色彩で描いた挿絵が、文章の合間に挟まれているので、より濃厚に、当時の大江家の雰囲気が、本全体から漂っている。

私は今も昔も、大江家のような文化的な家庭とはほど遠い、騒々しい家庭のなかに暮らしているが、それでも本書を読んでいる間は、大江家のリビングに座っているような心地がした。
本書が柔らかな空気に包まれているように感じるのは、大江さんの穏やかな文体ももちろんだが、光さんの人柄によるものも大きいだろう。大小様々な困難に遭っては、繊細におびえる光さんの描写を読むと、心が痛むが、同時に何事に対しても全体的に無感動になってきた自分を、いったん忘れて、彼の視点でこの世界を見ることができる。
障害を持つ子を育てる親として、等身大の正直さで気持ちを打ち明ける文章も多く見られ、押しつけがましくは無いが、似たような苦労を抱えている人たちの心を温めたい、という気づかいも感じられた。また大江さん自身も、光さんについて包み隠さず書くことによって、明日も再び頑張ろうという英気を養っているようでもある。
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