ことばが批評を軽やかに追い越していく
谷川俊太郎は生前“自分は正面切って論じられることが少ない”と語っていたという。たしかに、日本戦後詩の第一線を歩き続ける「国民的詩人」は、あらかじめ評価や批評を陵駕していた。しかしそれは、論じるのが困難だからではなく、2500篇を超えるという作品世界があまりにも豊かで、名づけようのない壮大さを湛えているからではないか。じっさい、詩でもエッセイでも歌詞でも、谷川俊太郎のことばは「二十億光年の孤独」(最初の詩集の題名)をまとい、他者の批評を軽やかに追い越す――本書を読みながら、そんな思いに駆られる。

書名『谷川俊太郎のあれやこれや』は、生前の本人によるもの。半世紀近く親交のある編集者、刈谷政則に「“の”を入れてね」と念押しして。本書には散文、戯曲、未収録の詩、新聞や雑誌に発表した文章、インタビュー等が濃密に詰まっているのだが、谷川俊太郎についてもっともよく識るのは谷川俊太郎のことばだという確信が深まるばかり。
精選された文章は、6つのジャンル「エッセー・コレクション」「懐かしい人たち」「戯文五つと戯詩ひとつ」「戯曲 お芝居はおしまい 喜劇三幕」「小詩集」「自伝風の読む年譜 一九三一年〜二〇二五年」に区分される。想いを綴る相手は、室生犀星、三好達治、寺山修司、堀内誠一、永瀬清子、河合隼雄、和田誠ら15人。敬慕の情を吐露しつつ、時代や人間の輪郭がいっそ恐ろしいほどの鋭さでもって語られ、同時に哀切と血の温もりに充ちている。あるいは、29歳のとき初めて手掛けた長篇戯曲には芝居と実人生を連結させる試みが見て取れる。演劇と詩、ふたつのことばの拮抗が谷川俊太郎の輪郭を描きだすさまが刺激的だ。
そもそも本人の発案だったという「自伝風の読む年譜」が興味深い。昨年11月、92歳で逝去。今年5月に催された「お別れの会」に至るまでの年譜に多彩な文章や詩、語りが差し挟まれ、解題の趣き。自分の足跡は自分のことばで補完する態度もまた、谷川俊太郎的だ。
折々の地点を指し示す詩の一節を、ふたつ挙げてみたい。
「どうも私は生まれつき詩人なのではないか、これは自惚れではなく自戒である。詩というものの、不人情につながりかねない『非人情』(『草枕』における漱石の言葉)に、私は苦しめられているからだ」(『真っ白でいるよりも』あとがき)
「本当の事を言おうか/詩人のふりはしてるが/私は詩人ではない」(鳥羽1)
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