心の愛人でした

第19回

内館 牧子 脚本家
ライフ スポーツ ライフスタイル

 私は十両時代から北の富士の追っかけだった。現役時代のみならず、引退して親方になってからもだ。その頃、私は会社員で、場所が始まると、「秋田の祖母が亡くなりました」とかで休んでは観戦に行く。とうとう上司に「お祖母ちゃん、先場所も死んでたね」と言われてしまった。

 ある時、蔵前国技館の薄暗い廊下を、北の富士が1人で歩いて来た。黒紋付に袴で、卒倒せんばかりにすてきだった。勝負審判として、この時刻にこの廊下を歩いて土俵に向かうと、追っかけはちゃんと計算ずくだ。私はすぐに、2人で写真を撮りたいとお願いした。卒倒せんばかりでも、こういうチャンスは逃さない。その写真は今も手許にあるが、北の富士は腕を組み、それは華がある。私は若かった分、それなりに悪くない。

 もう、みんなに見せたくてたまらない。あろうことか写真年賀状にして、

「私たち結婚しました」

 と印刷して投函。だが、このシャレが通じない人が多く「追っかけがついに」と感激したらしい。年明け、「人騒がせなことするな!」と上司に𠮟られた。

 NHK朝の連続テレビ小説「ひらり」で、私が相撲部屋を書いたおかげで、北の富士さんと面識ができ、ご飯やお酒に誘って頂いた。あの時、「ああ、生きていれば、こんな展開があるんだなァ。人生、諦めてはダメね」と心底思った。

 北の富士さんは女性のいる店やお座敷でも、決して若い人ばかりに目をやる人ではなかった。若い芸者さんが幾人も来たお座敷で、年配の三味線の方にも均等に話しかけていたのは、北の富士さんだけだった。

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source : 文藝春秋 2025年2月号

genre : ライフ スポーツ ライフスタイル