小学生の頃からずっと繰り返し読んできた司馬遼太郎の「坂の上の雲」。中でもクライマックスの日本海海戦を巡る描写は、アリステア・マクリーン作「女王陛下のユリシーズ号」や、宇宙の海を舞台とする田中芳樹作「銀河英雄伝説」、そしてアニメ「宇宙戦艦ヤマト」に匹敵する「萌える海戦ものの最高峰」として私の中で特別のポジションを占めている。NHKのスペシャルドラマでは渡哲也が演じた連合艦隊司令長官・東郷平八郎は、「ヤマト」の沖田十三艦長や「銀河英雄伝説」の智将ヤン・ウェンリーと並び立つヒーローだ。「坂の上の雲」の日本海海戦を巡る場面では、東郷こそが真の主役と言ってもいいだろう。
司馬の描く東郷の中でも私がもっとも痺れるのは、今回の再放送では2月23日放映予定の「敵艦見ゆ(後編)」で描かれる、日本海海戦直前の旗艦「三笠」艦内でのエピソードだ。ロシアのバルチック艦隊はバルト海からアフリカ大陸の喜望峰を回り、インド洋を渡る約1万8000海里の大航海を経て極東のウラジオストック港を目指している。この艦隊を日本近海で迎え撃つにあたり、連合艦隊はどこで待ち受けるべきなのか。小説とドラマでは描写がかなり異なるが、以下は小説版に基づく。

「それは対馬海峡よ」
参謀・秋山真之(ドラマ版で演じるのは本木雅弘)は、バルチック艦隊が対馬海峡を通って日本海経由でウラジオストックに向かうという最短ルートを想定。連合艦隊はそれにもとづく準備を進め、東郷や秋山らが乗り込む旗艦「三笠」は、対馬海峡に面した朝鮮半島の鎮海湾で待機していた。しかし、バルチック艦隊はいっこうに姿を見せない。
不安に駆られた真之は海戦直前の1905年5月20日すぎ、ついに「敵はおそらく太平洋の方に迂回してしまったにちがいない。鎮海湾を出て津軽海峡の出口で待ち伏せせねばならない」と思うに至った。そして真之ら幕僚は25日、東郷の了承を得ないまま、東京の大本営に対して「26日正午まで当方面に敵影がない場合、連合艦隊は夕刻から北海(津軽海峡)方面に移動する」という内容の電報を打ってしまう。
しかし、第二艦隊の藤井較一参謀長と第二艦隊第二戦隊の島村速雄司令官(演者は舘ひろし)だけは移動方針に疑問を抱き、自艦から小型ボートに乗り込んで「三笠」に向かい、東郷に意見具申しようとする――。(以下、作中描写の引用)
東郷は長官室にいた。島村と藤井が入った。席をあたえられたため藤井はすわろうとしたが、島村は起立したまま、口をひらいた。かれはあらゆるいきさつよりもかんじんの結論だけを聞こうとした。
「長官は、バルチック艦隊がどの海峡を通って来るとお思いですか」
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