司馬遼太郎の名作を読み解く短期集中連載の第2回
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▶︎司馬遼太郎は、日露戦争を“国民の戦争”として描くのと同時に、それを迂回路として「先の戦争」を描いたとも言える
▶︎司馬遼太郎は、一貫して現場主義。現場で働いている人を徹底的に描いている
▶︎『坂の上の雲』が多くの企業人に読まれた理由は、日本海海戦が“チームワークの勝利”として描かれているから
片山氏(左)と佐藤氏
「日露戦争」が”青年”の視点から描かれた
片山 前回の結論は「『坂の上の雲』は読み継がれるべき“国民文学”」ということでしたが、それに倣えば、主題たる「日露戦争」の方は、まさに“国民の戦争”でした。
佐藤 「国民が総力を挙げて戦う総力戦の端緒となった」と言えますが、それ以前に「この戦争を通じて近代日本に初めて『国民』が生まれた」という意味で、まさに“国民戦争”でした。
片山 この戦争を機に、多くの人々が「自分も日本という国と運命を共にしている」と意識するきっかけになった、ということですね。
佐藤 そうです。そして、日本を勝利に導いた“国民の英雄”として語り継がれてきたのが、連合艦隊司令長官の東郷平八郎と第三軍司令官の乃木希典です。
片山 東郷と乃木は、修身や国語の教科書にも取り上げられ、乃木神社、東郷神社までつくられ、まさに“軍神”となりました。
佐藤 戦後も、例えば1969年公開の映画「日本海大海戦」でも、この2人を主人公にして、「旅順攻囲戦(乃木)」と「日本海海戦(東郷)」を中心に日露戦争を描いています。
片山 ちょうど『坂の上の雲』の新聞連載が続いていた頃ですね。まだ幼稚園の年長でしたが、私も仙台の映画館で観て、「すごい! 東郷かっこいい!」と快哉を叫びました。
佐藤 私も父親に連れられて、大宮・南銀座の映画館「白鳥座」で観たことをよく覚えています。三船敏郎が演じる東郷が威厳を醸し出していて、軍艦の特撮も素晴らしかった。
ただ、『坂の上の雲』に話を戻すと、そうした戦前から続く2人の“英雄像”をひっくり返したのが司馬さんですね。とくに「乃木神話」を容赦なく壊しています。
片山 そこを文芸批評家の福田恆存(つねあり)などは批判するのですが、その影響力は絶大で、「乃木愚将論」が、その後、定着することになりました。
佐藤 『坂の上の雲』では、映画「日本海大海戦」で主役だった東郷も存在感が薄められて、参謀の秋山真之が主役となっています。
片山 乃木と東郷は、それまでに散々語られてきましたから、司馬さん好みの“青年”の視点から「日露戦争」を描くために、下の世代を取り上げたわけですね。西南戦争が終わって一応の“国家統一”がなされた後に、若者が地方から東京に憧れ始めた最初の世代です。
佐藤 そうした“青雲の志”を抱いて、秋山兄弟と子規が上京する物語をいきいきと描いているからこそ、この小説は、単なる“戦記物”に留まらない魅力を湛えています。
東郷平八郎(左)と乃木希典
「白襷隊」と「一億玉砕」
片山 「日本海大海戦」に関して付け加えると、最初に観て記憶に強く焼き付いたのは、クライマックスであるはずの「日本海海戦」より、実は「白襷隊(しろだすきたい)」の方だったんです。
佐藤 この映画の素晴らしいところですね。「白襷隊」とは、「旅順攻囲戦」の「第三回総攻撃」の時に編成されたもので、夜襲の際に味方を識別するための「白襷」が、かえって光の反射で目立ってしまい、死体の山ばかりが築かれました。
片山 笠智衆が演じる乃木将軍が淡々と指令を出すのですが、呆気なく、みんな死んでしまう。鉄条網に引っかかったままの白襷隊の死体があまりに強烈で、ものすごいトラウマになりました。
佐藤 私も父と一緒に映画を観た後、「お父さんたちも、白襷隊のようなことをやらされかけたんだ」と言われたことをよく覚えています。
片山 日露戦争の映画ですが、直近の「先の戦争」とダブらせるわけですね。
佐藤 例えば、1920年代には、日米戦争の仮想戦記ものが盛んに書かれましたが、戦後、今日に至るまで、「日露戦争」を描いた『坂の上の雲』に比せられるような「対米戦争」を直接テーマにした小説は書かれていません。しかし、司馬さんが描く「白襷隊」の非情さは、「ガダルカナル戦」「特攻隊」「ひめゆり隊」にそのままつながっています。
片山 理不尽な「一億玉砕」の話そのもので、司馬さんは、「先の戦争」を下敷きにして、「日露戦争」を描いているわけですね。
佐藤 ある意味、「日露戦争」という迂回路を経ながら、「先の戦争」を描いたとも言えます。
陸軍の“融通のなさ”
片山 「乃木愚将論」「陸軍悪玉論」の根底にあるのは、「陸軍の組織としての“狂気”というか“愚直さ”や“融通のなさ”の源泉はどこにあるんだ」という“問い”であり“憤り”ですね。
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