新型コロナウイルスの感染拡大、東京五輪の延期……我々は未知の脅威に対峙しています。来年の五輪に向けて、開催都市である東京がウイルスに打ち勝つ姿勢を必ず見せなければならない。これからお話しすることは、私の都知事としての決意です。
2つのヴィクトリー
まずは東京五輪・パラリンピックの話からいたしましょう。
3月24日夜、総理公邸で行われた安倍晋三総理とトーマス・バッハIOC会長の緊急電話会談で「遅くとも来年夏までの開催」という方針が正式に決定となりました。大会中止を回避し、延期という形にすることが出来たのは大きな1歩です。
私が思うに、会談の8日前、3月16日に行われたG7のテレビ電話会議が大きなキッカケとなったのではないでしょうか。安倍総理は「東京五輪を完全な形で実施することで支持を得た」と述べておられましたが、G7での合意が、IOCの「中止は議題にしない。延期を含めた検討に入る」という3月22日の発表に繋がったと見ています。
今回の電話会談の場には、森喜朗・大会組織委員会会長らとともに、私も陪席いたしました。まず安倍総理が「中止はしない」というIOCの英断を称え、バッハ会長に「延期の決断を世界に発信してはどうか」と提案された。途中で回線が途切れ、慌てて電話をかけ直すというトラブルも発生しましたけれども、その後、総理から「1年程度の延期を軸に検討を進めてはどうか」と具体的な提案がなされ、バッハ会長も「100%賛成だ」と応じて下さったのです。
小池都知事
バッハ会長からは「聖火はそのまま日本に置く。大会名称も『東京2020』を使う」という具体的な話もございました。五輪憲章に記されていますが、「オリンピアード」とは、古代ギリシャで連続する4年間を意味します。そこには、「4年に1度だけは休戦しよう」という平和への願いが込められている。簡単に変えられるものではないのです。都としても本当に良かった。いっぱい2020グッズも作っていますから(笑)。
会談では、バッハ会長が何度か「ヴィクトリー」という言葉を使っておられたのも印象的でした。一つにはIOC、国、組織委、東京都の4者がユナイテッドする(繋がる)ことで、「絆による勝利」を見せようということ。もう一つは、「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」を見せようということでした。大会を実現させることで、この「2つのヴィクトリー」を、世界に向けて示すことが重要だとおっしゃった。この言葉に総理も私も深く頷いたのです。
五輪旗を振る小池都知事
中止は「最悪のシナリオ」
私は、今回のコロナ危機が起きて以降も「中止はあり得ない」「無観客も考えられない」と再三申し上げてきました。ここに至る過程では、ロンドン市長選の有力候補から「日本が大変なら、再びロンドンで開催すればいい」という発言もありましたが、今ではロンドンがロックダウン(都市封鎖)という状況です。
東京都はこれまで招致活動から会場建設、テロ対策に至るまで膨大な準備を進めてきました。ソフト対策という点では、観光案内を担うシティキャスト(ボランティア)の方々も確保し、その研修も実施していたところです。何より、長い間準備を重ねてきたのは、選手の方々でしょう。私自身もウエイトリフティング協会の会長を務めた経験がありますが、皆さん、ベストコンディションで大会を迎えるため、そこから逆算して体調を整えるなど計り知れない努力を続けてこられた。それは国内の選手のみならず、世界中の選手に言えることだと思います。
都民、国民、そして国内外の選手の方々も含め、これまで一丸となって42.195キロのマラソンを走ってきたわけです。にもかかわらず、東京五輪が急に「中止」になっては、あと少しのところで「ゴールが消えてしまう」ことを意味します。
安倍総理とも意見交換を重ねていましたが、「中止はあり得ない」というのが、私たちの共通した見解でした。これまで戦争の影響で何度か大会が中止になりましたが、初めての感染症による大会中止が東京大会であることは、日本の、東京の威信にかけても避けたかったのです。
総理には都の要望を伝えた
なかには「中止した方がコストはかからない」という意見もあるようですが、そう単純なものではありません。中止してしまえば、これまでの投資が無意味になりますし、逆に大会を実施できれば、そこを跳躍台にして、更に大きなリターンも期待できます。もちろん、経済効果だけで語るわけではありませんが、その点から見ても、中止は「最悪のシナリオ」だったと言えるでしょう。
問題は、開催についての最終的な決定権を持つのがIOCだということでした。IOCが仮に「中止」という判断を下してしまえば、その決定を妨げることは出来ません。
開催都市と組織委がIOCと結ぶ「開催都市契約」は、よく「不平等条約」と言われます。私自身、都知事として、様々な場面を通し、意思決定の仕組みに難しい部分があることを何度も痛感させられました。
象徴的な例が、マラソン・競歩の開催地の札幌移転です。移転についてはIOCが単独で決定し、一方的に組織委に通告。開催都市の長にその決定が伝えられたのは、バッハ会長が札幌開催を公表する前日です。ホストシティとしてこれまで積み重ねてきたものを勝手に変えられてしまうのですから、都知事として到底納得いくものではありませんでした。だからこそ、あの時は都民の思いも込めて、「合意なき決定」という言葉を使ったわけです。札幌移転の償いとして、IOCは東京のオリンピックコースを走るセレブレーション・マラソンの開催を約束してくれています。楽しみにして頂きたい。
追加コストは4者で議論
しかし、今回はIOCと「1年程度の延期」で合意できました。その点はホッとしているというのが率直な感想です。夏の開催になりますが、暑さを理由に札幌に移転したわけですから、マラソン、競歩は引き続き札幌と協力することとなります。
追加コストについても、今後問題になってくるでしょう。会場やボランティアの確保はどうするのか。輸送の問題もある。様々な条件を、縦・横・斜めに検討した上での決断となります。非常に複雑で難しい作業ですが、大会の完全な形での開催を目指すためにも、出来るだけ早く競技日程などを決定しなければなりません。それによって、追加コストの計算や見積もりの話も具体的に進めていくことが可能になります。
では、その追加コストをどこが負担するのか。2013年1月に当時の招致委員会がIOCに提出した「立候補ファイル」に、「組織委が資金不足に陥った場合には都が補填する」と記載されています。また大会費用負担に関する閣議了解については、民主党政権の時に作成されたもの。国の財政負担を避けるために財務省が裏で絵を描いたのでしょう。
そもそも当時と今では状況が全く違いますし、延期となった理由も感染症というある種、自然災害的なものです。立候補ファイルにあるように「都が補塡する」では、都民の皆様の理解はとても得られません。国の威信にも関わる話ですから、これまでパラリンピックの経費のみに限定されていた国の関与もさらに広げて頂きたいものです。
一方で、組織委は大変多くのスポンサーを集めておられますし、負担という面では期待できる部分も大きい。森会長も大会成功のためには同じ方向を向いておられるはずです。さらに「絆による勝利」を見せるわけですから、IOCの協力については森会長も述べておられる。この点は今後、IOC、国、組織委、東京都――これら4者でしっかりと話し合っていきたいと思います。
組織委の森会長とも連携
後藤新平の水際対策を見本に
バッハ会長がおっしゃったように「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」として東京五輪を開催するためにも、まずは開催都市である都がウイルスに打ち勝つ姿勢を、世界に見せなければなりません。
しかし、このような未知の危機にどう対峙するべきか。やはり「スピード感」と「規模感」を持って臨むことが大変重要だと考えています。
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source : 文藝春秋 2020年5月号