news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストはライター・コラムニストのブレイディみかこさんです。「貧乏はカッコいい」「UKロックとイギリスが私を変えてくれた」と語るブレイディさんに、近況を聞きました。
ブレイディみかこ氏
オバマの言葉に「ドキッ」
有働 おはようございます。こちらは「news zero」の本番前で夜ですが、イギリスは朝ですね。
ブレイディ おはようございます〜。
有働 ブレイディさんは、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(以下、『ぼくイエ』)で瑞々しい少年たちを書いたかと思えば、新刊の『ワイルドサイドをほっつき歩け』ではおっさんを書かれて(笑)。
オバマ前大統領の言葉で始まる「はじめに」からドキッとしてしまいました。
〈世界に目をやり、その問題を見てみれば、それはたいてい年老いた人々だ。道を開けようとしない年老いた男性たちである〉。
トランプ大統領が誕生したのは、おっさんのせいで、EU離脱もおっさんのせい。セクハラもパワハラもおっさんのせい……。日本でも昔の成功体験に縛られて、アップデートしない中高年男性は肩身の狭い思いをしていますが、どこの国も同じなんですね。そもそも、なぜおっさんを書こうと思ったんですか。
有働キャスター
ブレイディ 編集者からの提案がきっかけでした。保育士をしていたので、「子どものことを書いてほしい」という依頼はよくあるんですが、「おっさんを書いてほしい」と言われたのは初めてで、意表を突かれたんですよ。でもよく考えてみれば、私の夫もおっさんですし(笑)、友人たちも同年代でサンプルはたくさんいる。この本の元になった連載は、『ぼくイエ』とほとんど同時並行で書きました。片や少年、片やおっさんで、同じ時期を生きていても悩みの種も質も違う。複眼的にイギリスを見られたような気がします。
有働 登場するのは、配送業のドライバーや塗装業者、元自動車派遣修理工など、労働者階級のおっさんたちですね。EU離脱に賛成して妻と喧嘩をしたり、旅先で恋に落ちたり。一人ひとりが個性的で、全員に会ってみたくなりました。
好きなことをやってきた
ブレイディ いま、女性の権利が叫ばれる一方で、フェミニズムがおっさんを敵にしがちだということに疑問を感じていました。おっさんは常にセクハラやパワハラの加害者側で、PC(ポリティカルコレクトネス)が分かってない、あるいは時代遅れな人々だと一括りにされる。でも、女性の権利を求めるときに、私たちが言ってきたはずなんですよ。「私たちを女という箱に一括りに入れて、レッテルを貼らないで欲しい」、と。だから、私たちが同じことをしちゃいけないんです。おっさんにも一人ひとりの人生がある。それを書いてみようと思いました。
有働 私、実はブレイディさんが羨ましくて。ブレイディさんは福岡出身ですが、私も両親が九州出身で、典型的な亭主関白の家庭でした。女は男よりも先に風呂に入るな、先にご飯を食べるなという世界で、私は子ども心にも外国人のような男女対等の夫婦関係に憧れ、「将来は国際結婚をしよう」と夢見てECCに通っていました。でも親の反対に加え、自分一人でポーンと海外に出ていく勇気もなくて、NHKでニューヨーク支局に行くまでは海外暮らしさえ叶わず。その点、ブレイディさんは高校を卒業後、おひとりでイギリスに渡って国際結婚し、保育士をしたり本を書いたりして人生を切り拓かれている。なんてロックな生き方をされておられるんだろう、と思っていました。
ブレイディ 好きなことをやってきました(笑)。
有働 ブレイディさんの本を読んで思い出したのは、世界的指揮者の小澤征爾さんの言葉です。小澤さんも若い頃、黄色人種に偏見が残る時代にヨーロッパに行かれていますが、よく「個を大切に」と仰っていたんです。でも、「個」を大切にするには、まずは自分自身を好きじゃなければできないですよね。自分の容姿や能力、恥ずかしい部分も一度肯定しなきゃいけない。ブレイディさんは、登場人物一人ひとりの人生を丸ごと肯定していますが、ブレイディさんが「個」を認められるようになったのはどうしてなんですか。
貧乏はカッコいい
ブレイディ 私はイギリスに行って救われたんですよ。
有働 救われた?
ブレイディ 私、家が貧しかったんですね。親に「自分で定期代を稼げるんだったら高校に行ってもいい」と言われたぐらい。私が行った高校はわりと歴史のある名門校だったので、バイトは禁止されていましたが、定期代を稼ぐため、学校が終わるとスーパーで働いていました。ある日、シフトに入る時間がギリギリになって、制服の上にエプロンを着てレジに立ったんです。それを見たOBに告げ口され、学校にバレてしまいました。私は「定期代を稼ぐため」と弁明したんですが、先生は「そういうことをする子どもが今時の日本にいるわけがない」と、まるで信じてくれませんでした。
有働 言い訳だと思われてしまったんですね。
ブレイディ 当時の日本はバブル目前で、経済はアゲアゲ。一億総中流と言われる時代です。県立高校でしたけど、周囲には弁護士や医者など、裕福な家庭の子が多かった。先生は、まさか私みたいな肉体労働者の娘がいるとは思わなかったんでしょう。「どうせ遊ぶ金欲しさのバイトだろう」と言われてしまいました。
その頃、私は家が貧しいことを負い目に感じていました。中学時代はヤンキーの多い学校で、周りに苦労している子が多かったので、私も友人に家の話ができたんですけど、高校に入ったら誰も貧乏を知らない。私が家の話をあけすけに話すと、みんな気分が暗くなっちゃうと思って、家の話をしなくなりました。
有働 エッ、相手を気遣って?
ブレイディ はい。そういう時に、出会ったのがUKロックでした。当時はUKロック全盛の時代。福岡は「めんたいロック」と言われるくらいロックが盛んだったので、私も聞くようになりました。
それで気づいたんです。UKロックでは堂々と「俺たちはワーキングクラスだ」と歌っているし、歌詞にも「貧乏だ、金がない」と平気で書いている。それで、ちょっと待てと。ここでは貧乏がカッコいいじゃんって。それで、「私はもしかすると、このワーキングクラスでは?」と。この人たちと生きていれば、自分が感じている疎外感がなくなるにちがいないと思って、その頃からイギリスに行くことしか考えていませんでした。だから大学にも行かず、バイトをしてお金を貯めては渡英を繰り返し、「この人たちは私と同じだ」と確信しました。
有働 イギリスに行って、初めて居場所を見つけられたのですね。
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source : 文藝春秋 2020年10月号