新型コロナウイルスの世界的流行は、ビジネスシーンにおける常識・慣行にも大きな変化をもたらした。重要な書類や機密事項、個人情報などを扱うため対面でのコミュニケーションが不可欠であった弁護士や会計士、税理士といった「士業」においても、その影響は計り知れず、働き方の見直しが急務だ。
しかし、小規模な事務所も多い士業業界にあっては、リモートワークや在宅勤務の必要性は認識しつつも、急激な変化に対応できるだけのIT設備やツールの導入が進んでおらず、業務プロセスのデジタル化に課題を抱えている方も多いだろう。本イベントでは「士業の働き方革命」をテーマに、ペーパーレス化や情報共有の高度化、リモートでのコミュニケーション改善、セキュリティ対策など、ウィズコロナ、アフターコロナを見据えた、士業における業務プロセスのDX(デジタル・トランスフォーメーション=デジタル化による改革)最前線について、有識者やプロフェッショナルの講演を交え考察する。
◆基調講演
「士業業務のDXと高収益体質の創り方」
経営心理士、公認会計士、税理士
一般社団法人日本経営心理士協会 代表理事
FSG税理士事務所 代表
藤田 耕司 氏
藤田氏は2011年に監査法人トーマツから独立。これまでにのべ1200件以上の経営相談を受け、労務問題から採用、評価、営業、販売、経営者のメンタルケアなど、幅広い分野で人間心理と数字の両面から経営改善を行っている。PC内で完結する単純作業は近い将来、自動化されると考え、自身の業務のDXをかなり以前から推進してきた。
今後は、DXによる作業の自動化により業務の生産性を上げ、低コスト化に成功し、商品・サービスの価格を下げる士業の事務所が出てくる。すると業界の相場が下がる、と、冒頭で藤田氏は強調。受注単価が下がるので、低コスト化できていない事務所は利益が薄くなる。受注単価を上げ、コストを下げて高収益体質を作る努力を継続的にしていかない事務所・企業は疲弊していく、と警鐘を鳴らした。
高収益体質を作り士業事務所の業績を伸ばすには、以下の4つが肝要。
1. 営業効率を上げる(最小の時間で最大の見込み客を獲得)
顧客の開拓/提携先の開拓/顧客の紹介
2. 成約率を上げる(より多くの見込み客を顧客にする)
信頼関係の構築/ニーズの喚起/表現・提案力を磨く
3. 単価を上げる
強みを作る/高単価商品を作る/品質を上げる/顧客が感じる価値を高める/交渉力を磨く
4. コストを下げる
支出を減らす/作業効率を上げる
ビジネスは、時間という有限の資源を使って利益を最大化すること。経営者の仕事は、利益を最大化するために自分と従業員の時間を最も効果的・効率的に使う方法を考え、実行すること。時間の使い方を改め、“経営者の仕事”をする時間を確保することが大切、と藤田氏は説いた。
DXの導入は業務効率化の有力な手段。藤田氏の事務所は、コロナ禍以前から部下も含め相手先への訪問を極力避け、メールもなるべく使わず、テレビ電話(Zoom)やChatworkを活用しているという。クライアントには、クラウド会計(Money forward、Freee)を導入することで経理部門の負担がどれだけ減るかを繰り返し説明して、導入を手厚くサポートしている。
資料は紙でもらわない。Dropboxを顧客と共有し、資料はデータでDropboxのフォルダに格納してもらっている。依頼資料の提出状況はスプレッドシートで管理し、未提出資料が一目瞭然で分かるようにして決算作業をスムーズに進められる態勢を確率している。
どうやらデジタル化による業務の効率化を逡巡・躊躇している時間はなさそうだ。
◆事例講演
「エンジョイント税理士法人に学ぶ、士業のDXとDropboxの使いどころ」
Dropbox Japan 株式会社
パートナー事業部 事業部長
玉利 裕重 氏
事例講演に先だって、Dropbox Japanの玉利氏より士業のDXを支援するツールであるDropboxとHelloSignの紹介があった。前者は契約文書の電子化と管理を、後者は電子化された契約書に対する電子署名ツールとして、契約業務フロー全体の効率を改善し品質を上げるツールである。
士業の業務プロセスでは本来、専門性の高い業務に時間や工数を割き、高い専門性を伴う付加価値活動に専念して収益を上げていくべきで、定型業務はDX導入により効率化し品質も改善すべき、と課題提起がなされた。
エンジョイント税理士法人
代表社員税理士
智原 翔悟 氏
先進的な税理士法人の具体例として、実際にDropboxとHelloSign、そして案件管理などのためにサイボウズのkintoneを導入しているエンジョイント税理士法人の智原氏が登壇。契約業務のデジタル化と効率化について、実際に3つのツールの画面を多数映し出しながら、具体的に語った。
同税理士法人の業務効率化のポイントは、以下の2つ。
1. API連携によるデジタル化、自動化kintoneによる業務フローの定型化(Dropbox/HelloSignとAPI連携)
※APIとはApplication Programming Interface(アプリケーション・プログラミング・インタフェースのこと。ソフトウェアの一部機能を共有する仕組み。
2. HelloSign、Dropbox採用による効果
書類保管や契約書作成における担当者依存のバラツキをなくし、平準化(作業品質の改善)できる。従来15分前後かかっていた契約書作成が、1分前後で作成・確認可能になり、署名済み契約書はDropboxフォルダにて保管する。
例えば、いつ誰がサインをしたかまで、すべてデジタルで管理ができるのだと智原氏は語った。
業務プロセスDXの最前線を、実際に導入している税理士事務所の事例をもとにリアルに知ることができた。
◆課題解決講演①
「士業によるクラウドツールの活用事例とマネーフォワード クラウドStoreのご紹介」
株式会社マネーフォワード
マネーフォワードビジネスカンパニー
マネーフォワード クラウドStore担当
河野 佳孝 氏
マネーフォワードの河野氏は、まずクラウドサービス(SaaS)の特長と市場動向を解説した。
ソフトウェアビジネスにおけるSaaS比率は、2021年に50%を超える見込み。手軽さに加え安定性や可用性からクラウドサービスが選ばれており、導入している企業は労働生産性が高い傾向がある。給与・財務会計・人事領域は過去5年で利用率が倍増している。近年の規制緩和・制度変更は会計、財務、労務領域に集中している――といったことが各種データとともに示された。
次にマネーフォワードグループが提供する生産性向上のための3つのソリューション、「マネーフォワード クラウド」「STREAMED」「Manageboard」を利用した業務フロー、効率化の紹介があった。手入力がゼロになった事例紹介、導入事務所のリモートワーク中の利用事例紹介、そして従業員規模上位100会計事務所のうち66%が同社のクラウド会計を導入しているとの報告も河野氏からあった。
最後に、Dropboxを含むテレワークに便利なツールをおトクに揃えることができるSaaS・クラウドサービスのセレクトストア「マネーフォワード クラウドStore」を紹介。同ストアはバックオフィス以外の課題解決もできることを訴求し、最初の課題解決講演は終了した。
◆課題解決講演②
「使いやすいから選ばれる、文書の管理・共有基盤と電子署名システムのご紹介」
Dropbox Japan株式会社 パートナー営業本部
ディストリビューション営業部 エグゼクティブパートナーマネージャー
井村 俊介 氏
続いて、Dropbox Japanの井村氏が登壇。同社が2020年に実施したテレワーク関連の実態調査結果を示しつつ、テレワーク必須時代の生産性向上の阻害要因は「(社内の必要なファイルへの)ファイルアクセス」と「ハンコ(押印)出社」が最多※であることを紹介した。
※週4日以下および2日以下にテレワークを実施している、調査対象の中の約7割の企業において最多
「紙でもらわない」ためのDXツールとしてもクラウドストレージや電子署名が求められているとし、DropboxとHelloSignの組み合わせでDXの最初の一歩である「書類そのもの」と「書類関連業務」の電子化が実現できることを訴求。
始めやすく使いやすいDropboxは「ファイルの共同編集」や「ファイルを送る」「ファイルをもらう」など、さまざまな用途に応じた機能が活用できること。そしてHelloSignはDropboxとの密な連携により、シンプルなワークフローで電子署名を明日からでもすぐに利用できることを、実例を交えつつ井村氏は語った。
◆クロージング講演
「士業事務所のDX化事例について」
株式会社船井総合研究所
ライン統括本部 DX支援本部 士業支援部
マネージングディレクター
小高 健詩 氏
最終講演は、船井総合研究所にて士業分野を専門にコンサルティングを行ってきた小高氏による事例紹介。まず、コロナ禍にあって会計事務所は、ますます“付加価値業務”に取り組む必要がある。そのためにも既存業務・定型業務をDX化して圧縮するべき、あるいは少しでもデジタル化を推進することが必要、と改めて説いた。
事例その1。
全国8拠点を擁するセブンスセンス税理士法人は、製販分離とペーパーストックレス=ペーパーレスにより、職員数を15%減らしつつ顧問先を150%に増やした。
ペーパーレスには①コスト削減 ②検索・管理の容易性 ③即時性 ④バックアップ対策といったメリットがあり、全社員が誰でも同じようにアクセス可能な“情報共有の基盤”になる。クラウド会計などのDXを一気に導入しなくても、デジタルフレンドリー=商流や手続きをデジタル側に適合させることは重要だという。
DXに抵抗のある顧客先、クラウド会計を導入しにくい長い付き合いの顧客先を多く持つ事務所は、まずはペーパーストックレス型製販分離を選ぶといい、という事例が示された。
事例その2。
東日本エリアに5拠点を持ち、1000社の顧問先を持つある税理士法人は、顧問先の訪問をしない“オンライン監査”を積極的に実施している。
オンライン監査のメリットは、①移動時間の削減 ②複数名での対応が可能 ③教育コストが下がる、の3つ。①で得た時間は、コンサルティングの時間増(1回120~180分と長い)に充て、細かく丁寧にフォローすることで高い顧客満足度と継続率(99.5%)を得ているという。経営者が若い顧問先が多い事務所は、オンライン監査を導入することを推奨する、と小高氏。
時流は、中小企業フレンドリー→デジタルフレンドリー→デジタルオンリーに確実に向かう。自社(事務所)のエリア・商圏や顧客を眺めて、戦うマーケットをしっかり見極めることが肝要だ。「企業はトップで99.9%決まる」(船井総合研究所創設者・舩井幸雄氏の言葉)。時流の変化はますます激しくなっているので、経営者がよく勉強しておく必要がある。と語り、締めくくった。
士業の業務プロセスDXの最前線、最新情報に接することができたカンファレンスであった。
2021年7月7日 文藝春秋にて開催 撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。
source : 文藝春秋 メディア事業局