聖書は全66巻(旧約39巻、新約27巻)からなるキリスト教の教典だ。現在、最もよく用いられているのは1987年に初版が刊行された新共同訳聖書である。共同とはカトリック教会とプロテスタント教会の聖書神学者が共同して作成したという意味だ。もっとも日本語の聖書で文学や思想に強い影響を与えたのは、文語訳聖書である。
〈新約聖書はヘボン、S・R・ブラウンを中心とする「翻訳委員社中」が、一八七四(明治七)年から翻訳を始め、分冊で順次出版し、一八八〇(明治十三)年に完成した。一方、旧約聖書の翻訳は、一八七八(明治十一)年に「聖書常置委員会」を組織し、本格的に翻訳が開始された。翻訳には、欽定訳英語聖書、ブリッジマン・カルバートソン漢訳聖書などが参考にされた。/一八八七(明治二十)年全部の翻訳が完成し、翌年、歴史的な完成感謝の祝賀会が東京・築地の新栄教会で開催された。米国、英国、スコットランドの聖書協会の経済的助力による。これが、「明治訳」(元訳)と言われるもので、その旧約聖書は、今でも「文語訳」として用いられている。/「明治訳」の新約聖書はその後改訳されて、一九一七(大正六)年十月に出版された。大正改訳として有名である。〉(一般財団法人日本聖書協会HP)
今でも読まれる文語訳
明治に訳された旧約と大正に改訳された新約を合本した文語訳聖書は日本聖書協会から現在も販売され、根強いファンがいる。聖書の名は有名で、日本でもベストセラーであるが、通読した人は少ないから旧約の冒頭と新約の末尾を見てみよう。
〈元始(はじめ)に神天地を創造(つく)り給へり。地は定形(かたち)なく曠空(むなし)くして黑暗淵(やみわだ)の面(おもて)にあり神の靈水(れいみづ)の面を覆ひたりき。神光あれと言給ひければ光ありき。神光を善(よし)と觀給へり神光と暗(やみ)を分ち給へり。神光を晝(ひる)と名け暗を夜と名け給へり夕あり朝ありき是首(これはじめ)の日なり〉(創世記、句読点を補った)
天地は神が創造したという考え方はユダヤ教、キリスト教、イスラム教に共通しているが、1日は夕方から始まるとユダヤ人は考える。イスラエルでは金曜の日没から土曜の日没が安息日で、この間、ユダヤ教徒は働いてはいけない。ホテルではイスラム教徒もしくはキリスト教徒のアラブ人が勤務する。ユダヤ人を理解するために旧約は必読だ。
キリスト教は、神は独り子=イエス・キリストを地上に派遣し、この子は無実の罪で十字架にかけられて殺されたが、死後3日目に復活し、地上にしばらく留まった後に再び天に昇ったと考える。この天上に昇った子なる神は、いつか再び現れ、最後の審判を行い、そこで選ばれた人は救われ「永遠の命」を得て「神の国」に入る。イエス・キリストとは、イエスが名でキリストが姓なのではない。イエスは、太郎のように当時のパレスチナでよくある名前で、キリストとは「油を注がれた者」(ユダヤ教の伝統で救世主)という意味だ。イエス・キリストとは、イエスという男が救済主であるという信仰告白なのである。新約の最終巻「ヨハネの黙示録」では、イエスが地上から去るときの様子を記している。
〈われ凡(すべ)てこの書(ふみ)の預言の言(ことば)を聞く者に證(あかし)す。もし之に加ふる者あらば、神はこの書に記されたる苦難(くるしみ)を彼に加へ給はん。若しこの預言の書の言を省く者あらば、神はこの書に記されたる生命(いのち)の樹、また聖なる都より彼の受くべき分を省き給はん。/これらの事を證する者いひ給ふ『然(しか)り、われ速かに到らん』アァメン、主イエスよ、來(きた)りたまへ。/願はくは主イエスの恩惠(めぐみ)なんぢら凡ての者と偕(とも)に在らんことを〉
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source : 文藝春秋 2017年12月号