本書は2016年10月に刊行されたが、今年7月には25刷で40万部を超えている。歴史書でこれだけ大きなベストセラーが出たのは久しぶりだ。
その理由は呉座氏が実証性を重視する優秀な学者であると同時に優れた文才を備えているからだ。555年前の出来事である応仁の乱をめぐる人間の物語が、21世紀の日本人にもリアルに迫ってくる。
呉座氏は、自らの応仁の乱解釈を示す前に、通説的見解を紹介する。日本史専門家でない一般の読者を対象とする書籍であることを呉座氏が意識しているので、このようなていねいな記述をするのだ。
〈応仁の乱は応仁元年(一四六七)から文明9年(一四七七)まで一一年にわたって繰り広げられた大乱である。室町幕府の八代将軍足利義政には息子がいなかったので、弟の義視を後継者としたが、その直後に義政の妻である日野富子が男児(のちの義尚)を出産したため、富子は我が子を将軍にしようと画策、折しも幕府の実権を握ろうとして争っていた細川勝元と山名宗全の両雄がこの将軍家の御家騒動に介入したために応仁の乱が勃発した……というのが一般的な説明である。(中略)/応仁の乱勃発当初は京都のみが戦場であったが、やがて戦乱は地方に波及し、全国各地で合戦が行われた。これだけ大規模で長期にわたる戦乱なのに、大名たちが何のために戦ったのか見えてこないというのは不思議である。劇的で華々しいところがまるでなく、ただただ不毛で不条理。これが応仁の乱の難解さ、ひいては不人気につながっているのだろう。〉
もっとも現在の国際情勢を見ても、米国のトランプ大統領や北朝鮮の金正恩労働党委員長の言行など、不毛で不条理なことが多い。国内でも政治家は、当事者にとっては深刻なのであろうが、日本の国家や国民とは関係のない権力闘争に明け暮れている。それだから、現代と容易に類比可能な応仁の乱への関心が高まっているのであろう。
呉座氏は、南都奈良の2人の僧侶の視座から応仁の乱を観察する。
〈この課題に取り組む上で絶好の史料が『経覚私要鈔』と『大乗院寺社雑事記』である。いずれも室町時代を生きた興福寺僧の日記である。前者の記主である経覚も、後者の記主である尋尊も、応仁の乱を実際に体験し、乱に関する質量豊かな記述を日記に残している。/経覚も尋尊も奈良で生活しており、彼らが入手する京都や地方に関する情報の中には不正確なものや噂、デマの類が少なくない。したがって、応仁の乱の全体的な構図や経過をつかむ上では最適の史料とは言えない。しかし、(略)僧侶・貴族・武士・民衆が大乱の渦中でどのように生き、何を考えていたかが分かるという点で、二人の日記は他のどんな史料にも代え難い価値を有する。〉
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source : 文藝春秋 2017年11月号