政界で安倍晋三首相の一強体制は崩れそうにない。野党で大きな勢力の立憲民主党、国民民主党は、当事者にとっては重要なのであろうが、日本の国家や国民には関係のない小さな権力闘争にエネルギーのほとんどを費やしているとしか筆者には見えない。日本維新の会は、野党と与党の中間の「ゆ党」であると永田町(政界)と霞が関(官界)で見なされている。安倍政権に対して、日本維新の会は是々非々の対応で、政権の補完勢力としての側面が強い。
その中で、闘う野党として日本共産党が存在感を増している。安倍首相主催の「桜を見る会」を巡る問題が、これだけ大きくなったのも共産党の調査能力と同党に所属する国会議員による質問の鋭さによるところが大きい。
1922年に非合法に創設された日本共産党は、コミンテルン(共産主義インターナショナル=国際共産党)の日本支部としての認定を受けた。国家による徹底的な弾圧を受け、共産党は壊滅状態になった。共産党は、戦後、合法化されたが、1950年に連合国軍総司令部(GHQ)が、共産党員の公職からの追放を指示し(レッドパージ)、当時の共産党指導部は、中国に密出国する、国内で地下に潜伏するなどの選択を余儀なくされた。52年4月にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本が独立を回復するとレッドパージは解除されたが、政府は今日に至るまで共産党に対する監視を緩めていない。警察の警備公安部局のみならず法務省の外局である公安調査庁も共産党を日常的に監視している。
生き残った日本共産党
東西冷戦期にフランス、イタリア、スペインなど西欧諸国の一部では共産党は無視できない影響力を持った。ソ連崩壊後、これらの共産党は名称変更や分裂によって影響力を著しく弱めたが、そのような中で、日本共産党は、共産党という名称を堅持し、団結を維持している。このような共産党の強さは、同党のカリスマ的指導者だった宮本顕治氏(1908〜2007)によって基礎づけられたと筆者は見ている。宮本氏の指導下、日本共産党はソ連共産党、中国共産党と激しく対立し、自主独立路線を確立した。また、いかなる事情があろうとも党内の分派を認めない民主集中制という組織原則を崩さなかった。自主独立路線と民主集中制の堅持が共産党が現在まで生き残った秘訣だ。この基盤を構築した宮本氏について研究することは、現下の日本政治を理解する上で不可欠と筆者は考える。
宮本氏は、文芸批評家でもあり、文章が上手だ。地下共産党の幹部であった宮本氏は治安維持法違反などで1933年12月26日に逮捕され、太平洋戦争に日本が敗北した後、45年10月9日に釈放されるまで、12年近くを獄中で過ごしているが、45年6月に巣鴨の東京拘置所から北海道の網走刑務所に移送された。網走刑務所での4カ月を回想したエッセイが『文藝春秋』49年10月号に掲載された。このエッセイは『百合子追想』(第三書房、1951年)に収録され、『宮本顕治文芸評論選集第2巻』(新日本出版社、1966年)に再録された。さらに『網走の覚書』とのタイトルで、他の自伝的作品、死別した夫人の宮本百合子(1899〜1951)に関する論考を加えた文庫版が75年に大月書店から刊行され、84年に増補版が新日本出版社から出た。
宮本氏は、特別高等警察(特高)により逮捕された直後に麹町署で過酷な拷問を受けた。
〈特高課長毛利や特高警部の山県、中川らが来て、「世界一の警視庁の拷問を知らないか、知らしてやろうか」「この間いい樫(かし)の棒があったからとってある」と言いながら、椅子の背に後手にくくりつけ、腿(もも)を乱打する拷問を繰り返し、失神しそうになると水をかけた。そして、「岩田(引用者注―義道、共産党幹部)や小林(同―多喜二、作家)のように労農葬をやってもらいたいか」とうそぶきながら拷問を続けたが、私は一言もしゃべらなかった。歩けなくなった私を、看守が抱えて留置場に放りこんだ。十二月二十六日で、監房の高い窓からは雪がしきりに吹きこんだ。一切の夜具もなく、拷問の痛みと寒さのため私は眠ることができなかった。/その後も拷問は続けられたが、私が一切口をきかないので、彼らは「長期戦でいくか」と言って、夜具も一切くれないで夜寝せないという持久拷問に移った。(略)/その後移された警視庁で、私は高熱を出し、猩紅熱(しようこうねつ)として市ヶ谷の病監に送られた。警察での拷問の傷が原因らしかった〉
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source : 文藝春秋 2020年4月号