戦前、共産党のリーダーとして活動した田中清玄(たなかせいげん)(1906―1993)が結婚したのは、治安維持法違反で無期懲役を宣告され小菅の刑務所に服役している時だった。ひで夫人も当時は京都の宮津刑務所に服役中で、将来の見通しが何もない中での「獄中結婚」として知られる。田中は11年に及ぶ服役中に転向、戦後は反共運動と共に実業家として国際政治、経済の舞台裏で活躍。家庭では二男一女をもうけ、87歳で波乱の生涯を閉じた。俊太郎氏は長男。
両親が戦前、いわゆる武装共産党の中枢で革命運動をしていたことを知ったのは大学生の頃です。父の考えもあったと思いますが、当時は私自身政治には興味がなく、特に深く考えたこともありません。せいぜい珍しい親の下に生まれたもんだなあと思ったぐらいでした。

成人するまでは、とりわけ父がどういう経歴でいま何をしているのかということは、長男の私でもよくわからなかった。大昔、小学生だった妹が父親のことを作文で書くため「お父さんは何してる人なの」と母に聞いたことがありましたが、「実業家と書いておきなさい」と云うだけでどうにも要領を得ない。一応は建設や石油関係の会社社長だとはいっても、本人は海外を飛び回っていて家にいないし、実のところ一体何の会社なのかはさっぱりわからないわけです。
一方で、政財界の著名人がたくさん我が家を訪ねてきたりして疑問が余計に膨らむといった具合でした。
当時は新聞でも話題になった結婚の経緯については、母は詳しく語ろうとせず、そこに至る2人の心情はいまだによくわかりません。
母は信州の出身で、学校を終えてから、東大の医学生だった兄に誘われて上京します。この兄を政治活動に誘ったのが同じ東大生だった父で、その頃すでに共産党の活動を始めており、滔々(とうとう)と社会変革の必然性について熱弁を揮(ふる)うのを横で聞いていた母も感化されたようです。ともかく母は父の膨大な知識量に圧倒されたといいます。
一般常識では推し量れない
しばらく一緒に非合法活動を続けていましたが、昭和5(1930)年に相前後して2人は検挙されます。
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source : 文藝春秋 1998年2月号

