もう一度、葛西さんに会いたい

屋山 太郎 日本戦略研究フォーラム会長
ビジネス 働き方

 表題に付けようと色んな文句を思い浮かべたが「もう一度、葛西さんに会いたい」という言葉しか浮かんで来ない。私はジャーナリストという職業柄、良い友人、面白い友人と数多く付き合って来たが、昨年5月に亡くなったJR東海の元会長、葛西敬之さんは、私にとっては「師」と呼んで相応しい。国鉄分割民営化を断行した時に“同志”として知り合ったが、この友人は他の良き友人とは全く違った。

 何しろ、人物をよく知っている。国鉄に限らず、政治家、実業家についても恐ろしく知識がある。国鉄改革の時には、「他に見たことのない度胸」を見せてもらった。民営化の障害となった最強の組合は、松崎明氏率いる「動労」だった。葛西さんの最初の戦略は「動労」組合員に限って新会社に採用するという約束をすることだった。何しろ40万人程の職員の中から動労だけ全員採用すると言うのだから、松崎氏も「ウン」と言ったのだろう。これが突破口となり多くの労組と合意が成立し、東日本、東海、西日本、九州などのJR各社が独立、発足した。ところが凄い腕だなと感心して僅か数日、今度は動労とケンカ別れしたというのである。新会社になったら人事は組合が全部握るというのが松崎氏の思惑。人事を握られたら新会社は動労の手足になってしまう。東日本の幹部は、「葛西の通りにやられたら、東日本は幹部が総いじめに遭う」とビビッていた。しかし民営化がそれなりに成功したのは、この時に人事権を組合に渡さなかったからだ。勝負をする時には「命を賭ける」という葛西さんの生き方に感嘆した。

昨年5月に亡くなった葛西敬之氏 ©文藝春秋

 葛西さんの好きな言葉に、葉隠の一節、「武士道と云うは死ぬこととみつけたり」というのがある。彼の至上の言葉だろう。策略のダイナミックさと度胸にはつくづく感心させられた。

 葛西さんが大学時代のことを語ったことがあるが、夕食後の4時間は必ず本を読んだという。その4時間が人間にどのような影響を与えるか。知識が積み重なって思想にまで進化する。

 私は卒業試験に失敗して、1年浪人したことがある。勉強の程度がこの程度で何とか生きて来られたのは人一倍記憶力が良かったこと、カンが良かったことぐらいだろう。

 葛西さんの身上を知るにつけ、最近、もう一度大学に行って勉強したいと思うようになったが、卒寿を過ぎた我が身としては現実的ではない。大学を出たばかりの甥に語っているところだ。

 葛西さんとはたまに会って食事をしたが、話題のほとんどは国際問題だった。凄い知識に感嘆していると、読売新聞から国際時評の執筆を求められるようになった。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : ビジネス 働き方