森美術館は、今年10月に開館20周年を迎えます。東京・六本木ヒルズ森タワーの最上層にある当館は、開館以来現代アートを中心に様々なジャンルの展覧会を開催してきました。私はマーケティング担当として、多くの人に来館いただけるような仕組みを日々考えています。
長い歴史のある美術館業界では、20周年といってもようやくスタートを切ったようなもの。しかし当館は、アルゼンチンの芸術家「レアンドロ・エルリッヒ展」が来場者数約61万人を記録し、2018年の国内入場者数ランキング(『美術手帖』調べ)で1位になるなど、ありがたいことに大変多くの方にご来場いただいています。
成功の秘訣は、作品の素晴らしさや展示方法の工夫に加え、SNSを使ったマーケティング戦略にいち早く取り組んだことも要因にあります。
私が当館のSNS担当になったのは2015年。森美術館の公式アカウントを運営する、いわゆる「中の人」になったわけですが、展覧会の広告に使える費用には限りがあり、たくさんの人に確実に刺さる仕組みを考える必要がありました。当時はInstagramが流行し始めた時期だったので、まずはアカウントを開設することから始めました。既にTwitterとFacebookの公式アカウントはありましたが、写真の投稿、つまりビジュアルが主体となるInstagramは、アートとの相性が良いと考えたのです。
さらに森美術館では、多くの人にアートを知ってもらいたいという想いで、2009年から作品の撮影をOKにする努力を続けていました。つまり、公式アカウントが作品を紹介するだけでなく、お客さまが作品を撮影してInstagramに投稿できるという導線ができていた。こうした環境が後押しとなり、当館の展覧会はSNSで大きな話題になるようになりました。
それまで美術館鑑賞といえば、作品を観てポストカードを買い、カフェで感想を語り合うといった楽しみ方が定番でした。それが当館では、各々が気に入った作品を撮って投稿することで、友達や見知らぬ人と「シェア(共有)」するという楽しみ方に変わっていったのです。
しかし我々はいわゆる「インスタ映え」を狙っているわけではありません。たしかに現代アートには「写真映え」する作品も多くありますが、作品を選び、それをどう展示するかは作家とキュレーターチームの領域。私のミッションは、彼らが作り上げたものを最大限活かして、多くの人に届けることです。
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source : 文藝春秋 2023年4月号