私と尾山宏読売新聞論説副委員長が聞き手を務め、北村滋前国家安全保障局長が監修した『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)が出版された。安倍政治の大きな特徴は「親安倍」と「反安倍」がくっきりと分かれているところにある。熱烈な安倍ファンの存在に加え、安倍さんの衝撃的な事件の記憶が生々しいだけに版を重ねるだろうとは思っていたが、予想をはるかに超える反響に驚いている。
安倍さんへのインタビューは首相を辞任した直後の2020年10月から翌年10月まで18回、36時間に及んだ。この間、安倍さんは、北村さんが用意した300冊は優に超えるスクラップを読みながら、記憶を呼び起こして臨んでくれた。
聞き手として肝に銘じたのは「ご意見拝聴」的なインタビューを避けることだった。国民が疑問に思っていることや、批判の多い政策について率直に聞くことにした。聞き手の力量が試されるという強迫観念さえあった。
時にムッとするような質問に対しても安倍さんは誠実に対応してくれた。驚くほどの記憶力で語った各国首脳との会談や政治決断の舞台裏はその情景が目に浮かぶような臨場感があった。こうして22年1月に回顧録はほぼ完成したが、安倍さんから出版に「待った」がかかった。
その理由を明確には言われなかったが、理解できないわけではなかった。病気も癒えて自民党安倍派会長に就任、自由な立場になって党内影響力は大きくなっていた。虚飾なく、包み隠さず話した内容は思わぬ波紋を広げるだろうことは容易に想像された。
「森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない」という発言も、消費税10%への引き上げ見送りの際財務官僚が谷垣禎一幹事長を担いで安倍さんを首相の座から引きずり下ろそうとしたという告白も衝撃的だった。
世界の首脳に対する安倍さんの人物評は当を得ているだけに表に出すことに躊躇しても不思議はない。トランプ氏は「お金の勘定で外交・安全保障を考える」。だから安倍さんも米国の安全保障チームも、北朝鮮に対して軍事行動に消極的だというトランプ氏の本性を隠しておくのに必死だったという。
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source : 文藝春秋 2023年4月号