「キミは何しに来たんだッ!?」
遡ること半世紀前、「週刊ポスト」のカメラマンとして棋士の写真を撮り始めた弦巻氏は、千駄ヶ谷の将棋会館で一喝された。声の主は元名人・大山康晴である。
「立ち入り禁止だった対局室で撮っていたら、大目玉を食らったのです。当時、日本将棋連盟は対局写真を重要視していませんでしたが、私は必ず将来的に財産になると信じていた。だから大山先生に怒られても次の日には懲りずに撮影。そしてまた怒られる。それでも毎日いると興味を持ってくれる棋士も出てきて、『アンタ、麻雀はできるの? 酒は飲めるの?』と誘ってくれるようになったのです」
1978年から将棋連盟の公式雑誌「将棋マガジン」で撮影を担当。一喝された大山とは何度も麻雀卓を囲むようになり、米長邦雄とは何百回も酒席を共にし、怒鳴り合いの喧嘩をしたことも。
弦巻氏の写真は、谷川浩司の史上最年少名人獲得や羽生善治の七冠達成、藤井聡太の29連勝など将棋史に残る名場面だけでなく、バイオリンを弾く佐藤康光や、鳥取砂丘で全裸を披露した米長の「ヌード写真」まで、棋士の生き様も写し出してきた。『将棋カメラマン』では、棋士たちとの交流秘話に加え、彼らを撮影する際の“極意”も明かしている。
「心がけてきたのは“空気”になることです。対局者は、カメラマンが醸し出す空気を読んでいます。我が強い人は自分が出るし、対局者への好き嫌いも出てしまう。棋士は敏感に察しますから、良い写真は撮れません。“空気”になることで彼らの懐に入り込むことができたのです」
プロ棋士だけでなく真剣師・小池重明や、将棋好きの作家・渡辺淳一ら数々の大物とも交流。齢70を超える生き字引だからこそ、将棋界に一家言がある。
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