「ミミズのつもりになって土に潜ってみよう。土は、どんなところだろう」
表紙いっぱいに描かれたミミズが目を引く本書で、著者・金子信博さんは戸惑う読者を土中へと誘う。足元に広がるその世界は、生物の進化とともに数億年かけて地球上に形成された複雑な構造物。微生物から植物、動物まで多様な生物が相互作用し合うワンダーランドだ。
「子どもの頃から動物も植物も大好きでしたが、土壌生物の研究者になるとは思っていませんでした。クマやサルの研究に憧れて京大の研究室に入ったはずが、もの好きな性格からか、いつしか土中のダニや窒素濃度を分析していたのです」
いざ、土に潜って驚いたのは、その多様性と多機能性だった。
「たとえば、土壌生物の代表格であるミミズは、毎日人知れず大量の落葉と土を食べて体内で粉砕し、排泄する。糞の中では微生物の働きが活性化され、生成された窒素はやがて植物の根から養分として吸収される。団粒構造になっている糞は保水性と排水性を併せ持ち、風雨による土壌の流出を防いでいます」
人の手が加えられていない土壌の、非の打ち所のない「エコシステム(生態系)」。一方、農薬や除草剤を使い特定の植物の生長のみを目的とする農地は、多様性が極端に低く安定性を欠く。環境に優しいはずの有機農業も例外ではない。
「問い直されるのは『土は耕すほど豊かになる』という常識です。実はミミズにとっては“耕す”という行為自体が蛮行といえる。鍬やトラクターで体を切断されるか、地表に放り出され鳥や昆虫のエサとなる。驚いたことに、一度耕した土にはなかなかミミズが寄り付かず、生態系は壊れ、耕すほど貧しくなるのです」
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source : 文藝春秋 2024年3月号