〈個人では到底抱えきれないような苦悩や痛みに直面したときに、物質(アルコールや薬物)や行為のプロセス(ギャンブル・ゲーム)などによって、束の間のその時間だけは痛みを感じないでいられることに依存し嗜癖する。その痛みが深ければ深いほど依存形成に要する時間は短い。逆説的ではあるが、その人たちはアディクションによって生きるのである〉
著者の信田氏は1980年代から心理カウンセラーとして活動し、約40年にわたって依存症(アディクション)に苦しむ人々と向き合ってきた。本書で取り上げられるのは、アルコール依存や家庭内暴力(DV)など、習慣的に問題行動を起こす人々とその家族だが、著者の依存症に対する態度は両義的だ。
「依存症はその人にとって“必要なもの”としてあらわれます。元日の能登半島地震もそうですが、震災などによって家族や仕事を失ってしまった人たちの一部は、酒やギャンブルなどによって、その傷を感じないように、『なかったこと』にしようとする。急いで依存対象を取り上げようとすると、深いうつ状態に陥ったり、自殺企図につながることもあります」
アルコール依存症者の場合、大量の飲酒を続けているとほぼ確実に、命にかかわる事態へと発展する。しかし、ただちに飲酒をやめてしまえばトラウマとなった記憶がフラッシュバックし、心理的不調をきたす。依存症において心と身体は截然と分かつことができるものでなく、その双方のリスクを秤にかけ続けることが専門家の役割となる。
「心の傷や痛みは記憶という自分の根幹にかかわりますので、それを完全に『なかったこと』にはできません。依存を減らしつつ、トラウマや痛みについて専門家の援助を受けることで、少しずつ過去と現在、身体と心を繋いだ自己を取り戻せるのではないでしょうか」
信田氏のもとには酔った親や夫から暴力を受けている女性や、DV被害を忘れるためにアルコールに依存するようになった女性も訪れる。また、家庭内での子どもの虐待にも飲酒が関係していることが多い。カウンセリングを続けるなか、著者は依存症の背景にある〈家族〉の問題と暴力について考えるようになった。
「現行の医療制度では、病気の本人の周囲で困っている家族への援助はできません。それに、依存症の治療には精神科医療の限界があります。だからカウンセリングの果たす役割は大きいと思います」
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