「ドクター・ナカムラを殺してしまったと話している男がいる」
2021年1月、「朝日新聞」国際報道部記者の乗京真知さんのスマホに1通のメッセージが届いた。“ナカムラ”とは、アフガニスタンで人道支援に携わってきた医師・中村哲さんのことだ。2019年に彼が武装した集団に殺害された事件は、世界中に衝撃を与えた。
乗京さんは、手繰り寄せた情報をもとに、実行犯「アミール」の特定、彼が死亡した事実、さらに“黒幕”である共犯者の存在など、次々と世界に先駆けてスクープを放っていく。本書には執念とも言える取材の全貌が刻まれている。
「アフガニスタンでは、捜査当局が十分に機能していなくて、真相が有耶無耶になる可能性がありました。ただ、捜査が進まないからと言って、取材を諦める理由にはならない。犯人がどこかでほくそ笑むことは許せなかったし、このままでは、中村さんが命を懸けて続けた支援が蔑ろにされる気がしました。せめて知り得る限りの事実を集めることが、青臭くも自分の使命だと思った次第です」
乗京さんは目撃者、遺族、犯人が所属した武装勢力などを隈なく取材し、徹底的に情報を絞り取っている。本人は「記者のイロハの『イ』です」と事も無げに答えるが、中村さんの殺害を再現する場面も、その成果の一つだろう。犯人グループが運転する車のわずか数秒間の挙動から、中村さんの体内を貫通した銃弾の弾道に至るまで、一切の情報も洩らすまいと詳細な描写が続く。
一方で危険地帯のアフガニスタンでは、常に死と隣り合わせの取材が続いた。夜襲に備えて宿の枕元にはザイルを置き、格子窓や屋根伝いに脱出する練習もしたという。
「『これは取材したい!』と気持ちがはやる時は、むしろ危ない。実行犯アミール一味の隠れ場所に向かった際も、知り合いのタリバン幹部から『戻れる保証はない』と言われていたので、かなり悩んだ末に接近を断念しました。あの時の屈辱や物書きとしての情けなさは一生忘れられません」
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