「天皇陛下万歳」と最後に叫んだ三島由紀夫 今なお残る“謎”

生誕100年、没後55年を迎える大スター

平山 周吉 雑文家
ニュース 社会 昭和史 読書

「昭和100年」となる2025年の1月14日に、三島由紀夫は満100歳の誕生日を迎える。昭和は64年に終わり、三島は45歳で自殺したのだから、「昭和」も「三島」もとっくに忘れられてもおかしくない。ところが、そうはならない。三島の死には、見世物的インパクトの大きさと、いまに繋がる問題提起の深刻さがあった。

 60代半ば以上の人にとって、昭和45年(1970)11月25日の衝撃は今でも強烈だろう。真っ昼間に、「楯の会」の制服姿の三島が、自衛隊に蹶起(けっき)を呼びかけ、その直後に割腹自決を遂げたからだ。その日の夕刊は、日本新聞史上最も売れたと言われている。私なぞも、地下鉄の売店で真っ先に全紙を買い集め、アタフタした口だった。

三島由紀夫 ©文藝春秋

 今でも語られる朝日新聞の一面の写真には、三島と楯の会学生長・森田必勝の首が並んでいた。紙面のキャプションでは「左下に2人の首がある」と親切に、読者の視線を誘導している。朝日新聞は5人の写真部員を現場に急行させた。決定的一枚を撮った渡辺剛士カメラマンは、現場の窓の割れ目からカメラを部屋の中に突っ込んだ。そこに偶然にも写り込んでいたのだ。現在の基準なら、このスクープ写真が載ったかどうか。当時でも朝日の社内では議論となった、と渡辺カメラマンは証言している。

「編集局長室の判断でゴー・サインが出た。当時は、ちょうどベトナム戦争で、外電ではなまなましい死体がいくらでも出ていて、死体への抵抗感が薄れていた時期だった。(略)その年の暮、この写真が写真記者協会賞に内定した。しかし、受賞作はデパートに展示しなければならず、人目にさらすべきものではないだろうと判断して、受賞は辞退することになった」(「文藝春秋」昭和54.12)

 翌日の「天声人語」はかなり正直に、事件への反応を記述している。三島が「白はち巻で自衛隊に切りこんだ」という第一報には「大笑い」する。突拍子もない話題のタネをまた提供したな、と。すぐに「割腹自殺」とわかると、今度は「しゅん」としてしまう。「大型作家の異常な死を惜しんで」というが、そこにはむしろ事件をどう受けとめるべきなのか、という当惑と混乱が現われていた。

 それは政府にあっても似たようなものだった。三島と親しかった佐藤栄作総理は「気が狂ったとしか思えない」と発言し、中曽根康弘防衛庁長官は記者会見で、「常軌を逸した行動で、せっかく戦後築き上げられてきた民主主義を破壊しようとするのは徹底的に糾弾されなければならない」と犯罪者三島と一線を引いた。中曽根は三島と対談をする良好な関係にあった。

 三島は死後の発表を計算し、死の7日前に行なったインタビューで、「いまにわかります。(略)敵というのは、政府であり、自民党であり、戦後体制の全部ですよ」(中公文庫『太陽と鉄・私の遍歴時代』に所収)と宣戦布告していた。その対象は自民党から共産党まで、みなが戦後という「偽善の象徴」だと三島は断じている。その三島が、防衛庁のバルコニーから「日本を骨なしにした」憲法の改正を訴え、最後に叫んだのは、「天皇陛下万歳」だった。

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source : ノンフィクション出版 2025年の論点

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