NHKの連続テレビ小説『虎に翼』(2024年4月~9月放送)は大きな反響を呼び、熱心なファンを数多く生みました。ドラマの終了を悲しむ「とらつばロス」なる現象もあるようです。「法律考証」の担当として同作品に参加した私としては、非常に感慨深いものがあります。
ご存じの方も多いと思いますが、伊藤沙莉(さいり)さんが演じる主人公・猪爪(いのつめ)(佐田(さだ))寅子(ともこ)のモデルは、三淵嘉子(みぶちよしこ)さんという人物です。1914年(大正3年)生まれ。明治大学を卒業後、高等試験司法科(現在の司法試験に相当)に合格。日本初の女性弁護士の一人となり、のちには裁判官に転じて、女性として初めて裁判所長に就任しました。1984年(昭和59年)に69歳で亡くなっています。
ドラマの中での寅子のエピソードは、史実に基づいているもの、そうではないものと様々ですが、どちらかというと創作の部分が大きい。これは演出上の都合だけでなく、三淵さんに関する情報が少ないために、想像で補うしかなかったからでもあります。一般に、裁判官というのはあまり多くを語りません。裁判の公正さ、合議の秘密を守るためです。三淵さんも、自身が関わった裁判について発言をしませんでしたし、自らの考えを公に示すこともほとんどありませんでした。

では、寅子というのは、実際の三淵さんとは異なる、まったく別のキャラクターと捉えるべきなのでしょうか。そんなことはありません。私は、三淵さんが言いたかったこと、やりたかったことを、ドラマの中で寅子が実現していったのではないかと考えています。
重要なエピソードの一つである「原爆裁判」の例を見てみましょう。アメリカによる原爆投下の違法性が争われた、実際にあった裁判です。日本政府を相手取り、損害賠償を求めたのは広島と長崎の被爆者たち5人。東京地方裁判所は、原告の請求を棄却したものの、原爆投下は国際法違反と明言し、政府に被爆者の救済を強く求めました。のちの政策に大きな影響を与えた画期的な判決です。
『虎に翼』でも、これらの争点、判決内容は史実に則して紹介されています。そして、三淵さんは第一回口頭弁論から結審に至るまで右陪席判事を務め、判決文に署名もしていますから、寅子が一貫してこの裁判に関わったという描写自体は、基本的に史実に即していると言えるでしょう(ただし、三淵さんは結審後に東京家庭裁判所へ異動となったため、判決言い渡しの法廷にはいませんでした)。
しかし、その間、三淵さんがどんな思いで過ごしたのか、判決文の起案に関わったのか、真相は一切わかりません。ご本人が何も語らなかったからです。
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