心ふるえる、科学と文学の交差点
遺伝子から宇宙まで、科学に関わるトピックスを詠んだ短歌を、科学部記者出身の歌人が集めて解説を加えた。それが本書『科学をうたう』である。
収められた約300首は、科学研究や技術開発に携わった人の作もあるが、多くは一般の生活者である歌人が詠んだものだ。今、私たちの日常はさまざまな科学技術に支えられている。「だから、現代を表現しようとすれば、自ずと科学的なテーマが入り込む」と著者はいう。
集められた短歌は、科学に関する事柄を31文字の中にただ入れているというだけではない。森羅万象の不思議を捉え感動する心=センス・オブ・ワンダーを、自然科学者と共に歌人も分かち持っていることを表しているところに、科学をうたう短歌の真価がある。著者が読者にいちばん伝えたいのはそこだ。
たとえばこんな一首。「しまうまの縞の不思議を思う夜サバンナの野火はるかに燃える」(加藤扶紗子)。生き物の美しい縞模様を不思議と想う心。それは研究の動機にもなって、どのように縞ができるのか仕組みを解明した日本人科学者がいる。著者による歌の解説を通じて、そんな科学知識をたくさん得られるのも本書の魅力の一つだ。たとえば歌に詠まれた、粘菌が迷路を最短距離で動く能力の発見が、災害避難の経路を決めるアルゴリズムづくりに生かされているという。
科学の進展は、新たな世界の広がりを見せてくれる。たとえば次の一首。「進化図のそこから先の空白をホモサピエンス裸体にあゆむ」(川野里子)。生物の進化にはまだ先があるはずだ、という生命観が表されている。もう一首。「絵本には地球見をする家族をり三十年後の月の暮しに」(春日いづみ)。月見ならぬ地球見という造語が新鮮だ。
科学は新しい情緒ももたらす。たとえばこんな恋歌。「日々生まれ替はる私の細胞のどこがあなたを恋してゐるのか」(片岡絢)。私の一推しはこちら。「衛星になろう あなたに堕ちないでいられる距離をやっと見つけた」(田中ましろ)。
科学と技術の発展には悪い面もある。それを象徴した一首。「算数の天才たりしフォン・ノイマン原爆つくり膵癌に死す」(坂井修一)。次の一首には戦慄した。「抜けた乳歯を預かる歯医者あるという『何のために』と言いかけ気付く」(三浦こうこ)。原発事故後の子どもの被曝放射線量を測るためだというのだ……。
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