暴力に拠らない社会をつくるには
犯罪を犯す人の多くは、自分自身が暴力の被害者であり、犯罪の背景にはケアされることがなかったトラウマがある。
著者はカナダの少年院や矯正プログラムで多くの実践経験を持つ。本書は、加害者が自らの罪と向き合うためにもケアを必要としていること、被害者が回復するためにも懲罰とは異なる支援が必要であることを広範な知見から解き明かす。トラウマの神経学的な機序から、精神医学、そして集合的トラウマや植民地支配に関わる歴史学や法学にいたる横断的な議論が積み上げられる。
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トラウマの影響については脳科学の知見が積まれてきている。しかし背景には、力を頼み女性を虐げる西欧近代の家父長制と、黒人や先住民を虐待し続けてきた人種差別による集合的トラウマが横たわる。日本でも逆境を経験した人が多数刑務所に収容されている。犯罪者個人に責任が帰せられる暴力の背景には、何世代にもわたる社会構造に由来するトラウマが複雑な仕方で横たわっており、それを理解する必要がある。
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修復的司法は、島根にある刑務所を舞台にした映画『プリズン・サークル』(坂上香監督)によって日本でも知られるようになった。懲罰に重きを置かず、再犯防止のためにも加害者が自らの経験を語り合い、責任を自覚することを重視する。監禁と懲罰自体が暴力の再現であり、再犯を助長するという。語り合いのなかで自らの行為の責任と逆境の背景を自覚することからこそ、暴力に頼らない未来の生活が見えてくる。
修復的司法を支えるのは、トラウマインフォームドケア(以下TIC)という、監訳者野坂祐子(さちこ)らにより日本にも導入された実践だ。TICとは「トラウマの影響を理解し、さらに傷つけないような実践を行うことで、トラウマを経験した人々の回復に向けてサポートすることである」。このようなケアのもとでこそ受刑者も自らの犯した罪へと向き合うことができる。
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TICは、北米の先住民がかつて行っていたコミュニティ内での暴力の調停と回復の実践を参照している。先住民は、家族やコミュニティのなかで対話を重ねていく伝統のなかで、儀礼や親族との対話を用いるという、復讐や懲罰とは異なる仕方で罪を贖う実践をもつ。脱植民地化は司法の領域でも進めなければいけない。マイノリティを収奪しトラウマをもたらしてきた北米社会は、今それを学び直しているのだ。
「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、竹内薫、松田素子、佐倉統の5氏が交代で執筆します。
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