青野由利『脳を開けても心はなかった』

「今」と「未来」を見通す科学本 第3回

エンタメ サイエンス 読書

意識を巡る、科学者たちの悪戦苦闘

 ベテランの科学ジャーナリストによる脳と心の本。実は、20年以上前に出版された『ノーベル賞科学者のアタマの中 物質・生命・意識研究まで』(築地書館)が土台になっているのだが、科学の進歩は著しく、内容が大幅にアップデートされており、もう別の本とみなしてよいだろう。実際、主題もノーベル賞科学者から、脳や心へと変わっている。

青野由利『脳を開けても心はなかった』(築地書館)2640円(税込)

 この本の最大の特徴は、なんといっても、世界中の科学者たちへの突撃インタビューだろう。どんな大御所であろうと臆さずアポを取り、飛行機で地球を1周して相手の大学や研究所へ足を運ぶ。ついでに円卓を囲んで中華料理を食べながらもインタビューを続ける。もちろん、メールやファックスでも細かい疑問点を尋ねまくる。単に論文や書籍を読んだだけではわからない、科学者たちの本音を引き出すのが、著者ならではの芸だ。

 この本で注目したいのは、(1)量子力学(2)人工知能(3)複雑系の3つと意識との関係だ。量子力学と人工知能は、ともに第4次産業革命の柱だし、複雑系も真鍋淑郎さんが気候変動研究でノーベル物理学賞を受賞したので、日本人なら誰でも知っている。でも3つとも、部分がわかれば全体がわかるとは限らず、常に「もやもや」が残る学問だ。神経細胞という部分がわかっても(神経細胞全体から生まれると思われる)意識はわからないという意味で、この3分野と意識研究は似ているのかもしれない。

 人工知能が意識を持つかどうかについては、専門家の間でも議論が分かれる。そもそも半導体の機械が意識など持つはずがないと考える人もいれば、人間の意識とは少々異なるかもしれないが、人工知能もいずれは独自の意識を持つだろうと考える人もいる。しかし、人工知能が意識を獲得したとして、いったいどうやってそれを検証するのだろう。生成AIに尋ねたら「はい、私は意識を持っています」と答えたとして、その真偽は確かめられるのか。

 それどころか、程度こそ違え、あらゆる物に意識が宿っているという「汎心論」まで登場し、もはやどこまでが科学でどこからが哲学思想なのかも判然としなくなる。

 それにしても、なぜノーベル賞科学者たちは、こぞって意識研究に走るのか。何が彼らをそこまで駆り立てるのか。

 意識を巡る、一流科学者たちの悪戦苦闘が、真面目かつコミカルに描写されており、楽しくためになる好著だ。

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source : 文藝春秋 2024年4月号

genre : エンタメ サイエンス 読書