身体に織り込まれた切実な物語
赤や黄に色づいた一枚の葉っぱにふと目がとまり、待ち合わせた喫茶店で、「さっき拾ったんです」と、ある人にそれを見せた。そのとき聞いた言葉が忘れられない。「綺麗だね。絵のようだね」という言葉を予想していた私に、その人はこう言ったのだ。「この葉っぱには、こうなる理由があったんですね」と。一瞬呆然とした。目の前の結果だけを見ていた私は、そこに至るまでの長い時の流れや理由なんて考えてもいなかった。その言葉を発した人は詩人のまど・みちおさん。「ぞうさん」の詩で知られるが、その根底には常に、宇宙の設計図を読んでいるのかと思うほどの視点を持つ。今回紹介する本を読んでいる間ずっと私にはあの日のまどさんの言葉が聞こえていた……。
これは、自己免疫疾患の専門医である著者が、膠原病など、本来なら進化の過程で選択されるはずのない「自己を攻撃する病」がなぜあるのか、なぜ増えているのか、その理由を、脊椎動物の進化や様々な出来事の繋がりから探っていこうとする本である。人類の歴史と共にあった感染症マラリアとの関係から始まり、ときには何億年も遡って、免疫というものが生まれた理由と変遷を丁寧に紐解いていく。読み終えたとき、私は思いもかけずしんとした感覚につつまれた。種全体と個人の存続をかけて、ヒトはこんなにも切実な物語を、個から個へと密かに伝え続けてきたのか……。
完全無欠な免疫などないのだな、と思った。清潔であることの危険性に驚き、汚れた環境だからこそ育つ力のことも知った。いつしか、病や免疫の話だけでなく、本当に大切なこととは何なのかという指針を与えられた気さえする。
中でもハッとしたのは「『幼少期』がカギを握っている」という言葉だ。著者は言う。幼少期こそが、免疫の暴走を防ぐためのチャンスなのだ――と。
絵本の仕事をしていると、子どもとどう向き合うかを問われる場面がたくさんある。例えば、昔話の毒を抜き食べやすく柔らかく噛み砕く。優しく清潔過ぎるほどの環境を求める。それらはすべて善意というものから来ているのだろうが、それこそが、子どもの心身の免疫力をひ弱にしているかもしれないのだ。
子ども時代の心と体の可塑性を信じられるかどうか、そこに賭けることができるかどうか。それは個人と人類の未来そのものと直結することであり、この本は、「免疫」という窓から、選ぶべき答えのひとつを、はっきりと見せてくれる。
「『今』と『未来』を見通す科学本」は村上靖彦、橳島次郎、竹内薫、松田素子、佐倉統の5氏が交代で執筆します。
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