今月から連載を始める大栗博司です。よろしくお願いいたします。
私は日本で生まれ育ちましたが、30年前にサンフランシスコ市の対岸にあるカリフォルニア大学バークレイ校の教授になりました。そこで6年間教えた後、2000年にロサンゼルス市の北にあるカリフォルニア工科大学に移籍して今日に至っています。人生の約半分をカリフォルニア州で過ごしたことになります。
2007年に東京大学に研究所を創設するお手伝いをして、2018年から機構長も務めました。昨年の秋に任期満了で機構長を退任しましたが、東京大学の教授として研究を続けているので、ロサンゼルスと東京を行き来しています。
私の専門は物理学、特に素粒子論です。素粒子の研究は日本が得意とする分野のひとつで、理論では湯川秀樹、朝永振一郎、南部陽一郎、益川敏英、小林誠、実験では小柴昌俊、梶田隆章と、7名のノーベル賞受賞者を輩出しています。
この連載には、「文藝春秋」の編集部が、「地図を持たない旅人」というタイトルをつけてくださいました。これは、湯川秀樹の自伝『旅人』の、「未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である」という有名な一節へのオマージュです。この一節の意味については、この連載でいつかお話ししたいと思います。
素粒子論の目標は、この世界の仕組みを基礎から説明する法則を発見することです。そして、その法則を使って、宇宙がどのように始まったのか、どのように発展してきたのか、宇宙はこれからどうなるのか、といった根源的な謎を解明することも目指しています。
「宇宙の謎」というと、私たちの普段の生活とは関わりのない問題だという印象を受けるかもしれません。しかし、意外に身近な体験とつながるものもあります。今回は、それをひとつご紹介しましょう。
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source : 文藝春秋 2024年5月号