お台場の日本科学未来館が、四月二十日から不思議な3D科学映画『9次元からきた男』を館内のドームシアター「ガイア」で上映する。その試写会に行ってきた。ここはプラネタリウム兼用の超高精細の特殊映像施設である。ふだんはプラネタリウムだから、椅子を後ろに倒してひっくり返ってドーム全体を見るようにして映画を見る。「素粒子の世界から最果ての宇宙まで、次元を超えた旅が今、始まる」というのが、この映画の宣伝文句。最新の科学映画と見まごうような不思議に美しい映像(3Dで4K)が次から次に目の前の空間いっぱいに広がって全身を包む。3D音響とあいまって圧巻の映像体験だ。
内容的にはミクロ・超ミクロの世界から、銀河恒星などの宇宙映像を含む、とてつもない次元の広がりを感じさせる映像だが、かといって、科学的知識満載のお勉強映画というわけでもない。
基本的には、この映画は科学SFものに分類される一種のドラマ仕立てになっている。作った監督は、清水崇。ホラー映画のファンであれば『呪怨』、実写版の『魔女の宅急便』などを作った監督といったほうが話が通じるかもしれない。しかし、この映画のチラシには、監督の名前より大書される形で、監修大栗博司とある。この映画の企画・制作・著作権者は日本科学未来館だが、監修者は大栗氏で、この人が監督よりえらいのだ。要するに、企画を立て、金を出したのは科学未来館だが、内容が科学的に正しいものになるかどうかちゃんと目配りしたのが大栗氏ということになる。大栗氏は、カリフォルニア工科大学教授かつ同大理論物理学研究所所長、また同時に東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の主任研究員でもある。物理学の素粒子分野の最先端の理論である超弦理論の専門家として広く知られている。講談社ブルーバックスから出た『大栗先生の超弦理論入門』は難解な物理理論を平易に解説した書として高く評価され、第三十回講談社科学出版賞を受賞している。
映画の舞台は、科学研究所。「謎の男、T.o.E.(トーエ)をつかまえろ!」のかけ声のもと、研究者たちの謎の男の追いかけ劇として展開される。「トーエがついにあらわれたらしいぞ!」の声がかかり、バタバタの追いかけっこがはじまるが、トーエはアッという間に姿を隠したり、消えたり、突然ちがうものに変身したり、変幻自在である。結局いくら追いかけても、追求する側の目を巧みにかいくぐって存在の片鱗も捉えることができない。
この奇怪な存在は何なのか、といえば、トーエ(T.o.E.)は、Theory of Everything、つまり万物理論なのである。いま物理学の最先端では、万物理論さがしが最大の目標になっている。日常的な寸法の世界の物理学としては、誰もが知るニュートンの物理学がある。素粒子の世界のような超ミクロの世界の物理学としては、量子力学がある。宇宙スケールの物理学としては、アインシュタインの相対論がある。しかし、量子論と相対論には相矛盾した部分があり、実は一つの世界を記述した理論とは考えられない。この二つの矛盾した世界を統一的に記述する理論を見つけられたら、それが万物理論になると考えられる。二十世紀の終り頃から多くの科学者がそういう理論を作ろうと沢山の試みをしてきたが、まだ誰も成功していない。「謎の男T.o.E.探し」が象徴しているのは、まさにこの状況なのだ。
ときどきチラリとトーエの片鱗が姿を見せたような気にさせることがあるが、駆けつけてみると、だいたい思いちがいか見まちがいなのである。科学者たちがついにトーエの居場所を突き止め捕らえようとした瞬間、男はおもむろに姿を変え、この四次元の時空から、別の次元へ瞬間移動してしまう。つまり四次元時空の認識能力しかない我々人間の眼からは、男は消えてしまうのだ。
いま万物理論に最も近いところまで行っている理論として、世界でもてはやされているのが、スーパーストリング(超ひも=超弦)理論である。その理論に従うと、世界の万物は、一本の超ひもからできているという。そのひもは四次元の時空を超えた九次元の世界に存在する。だから、トーエは、「9次元からきた男」になるのだ。四次元の時空から一瞬にして姿を隠し、別の時空に移動する能力を持つ。「そして男は私たちを不可思議な旅へといざなう。とてつもなく小さなミクロの空間からマクロのスケール、さらには現在からはるか昔、宇宙誕生の瞬間まで、変幻自在に時空を移動していく男。導かれたその先には、私たちの常識を覆すような情景が……」
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source : 文藝春秋 2016年5月号