山内隆司(79)にとってリニア中央新幹線の工事は、大成建設の事業のなかでもとりわけ感慨深い案件の一つに違いない。ときの首相だった安倍晋三と東海旅客鉄道(JR東海)元会長の葛西敬之が、ともに心血を注いだ国家プロジェクトである。
遅ればせながら私もさる10月30日、山梨県都留市にある実験線に乗ってみた。実験線はわずか1時間ほどの乗車だったが、第一段階の品川―名古屋間が完成すれば、86%がトンネルという暗闇を突っ走り、40分あまりで到着するという。
大阪までの全長438キロメートルの夢の超特急列車は、運営するJR東海が2015年8月以降、ゼネコン各社と工事の契約を結び、名古屋までの先行工事に着手している。建設工事は品川―名古屋間の22工区のうち、スーパーゼネコン4社がJV(共同企業体)を組んで全体の7割にあたる15工区を受注した。4社は、建築の得意な竹中工務店を除く、大成建設、鹿島建設、大林組、清水建設だ。
ところが、東京地検特捜部と公正取引委員会は、4社に対して談合による不正受注だとして摘発した。17年3月から公取委が調査をはじめ、この年の12月には、地検特捜部が本格捜査に乗り出す。スーパーゼネコン4社の本社を次々と家宅捜索し、リニア談合事件の幕が開いた。
このリニア談合事件に直面したのがほかでもない、当時大成建設会長だった山内である。
――家宅捜索を受けた2017年12月19日は、会社にいたのか。
「あのときはたまたま外出していました。たしか朝から取引先を訪ねていて、車に戻ると運転手が『会社から電話がありました。会社には戻って来ないように、とのことです』と告げる。いったいどうなっているのか、と思い、こっちから会社にかけ直したところ『地検特捜部の連中がやって来て、土木の担当者がヒアリングされています』と言うではないですか。そんなところへ私がのこのこと帰っても、ろくなことにはならない。私は事情がわからないので、検察に取り調べられても答えられません。会社としては、何も分かっていない山内が検察に引っ張られ(勾留)でもされたら大変だから帰って来るな、というわけです。新宿の『京王プラザホテルで時間をつぶしてください』と言われ、部屋をとってそのまま待機していました」
東京地検特捜部の捜査対象は、品川駅や名古屋駅近辺の建設工事、そして南アルプスのトンネル工事だった。大林組が名古屋城に近い名城非常口、清水建設がリニアの始発駅となる「品川駅北工区」、鹿島建設が「南アルプストンネル長野工区」、大成建設が「南アルプストンネル山梨工区」といった具合に建設工事を受注していた。
スーパーゼネコン4社が、3〜4件ずつ主要工事を請け負っている。特捜部と公取委は、互いに受注したい工事を譲り合い、不正な受注調整を繰り返してきた談合の疑いがあると見たわけだ。山内が言った。
「あの事件には参りました。大林組名古屋支店の土木担当者による捜査当局へのタレコミがことの始まりで、4社が次々と摘発されていったのですが、捜査への対応が真っ二つに分かれた。われわれは検察と闘いました。が、それでえらい目に遭いました」
罪を免れた大林と清水の幹部
リニア談合事件のなかでも、とりわけ注目されたのが、大成と鹿島の南アルプストンネル工事だった。
〈南アルプストンネルはトンネル延長が約25km、地表からトンネルまでの深さ(土被り)が最大で約1400mであり、難工事となります〉
JR東海のウェブサイトにそう記されているリニア中央新幹線の最難関工事である。
周知のように南アルプスのトンネル工事は、前静岡県知事の反対により長らく静岡工区を着工できなかったが、2024年に鈴木康友が新たな県知事に就任すると、それまでの方針を転換した。おかげでようやく工事が進むと見られ、この先、大成と鹿島が難工事に挑む。
半面、談合事件は今もなお決着を見ていない。家宅捜索の翌18年3月には、公取委からの刑事告発を受けた検察が、大成の土木担当常務の大川孝や鹿島営業担当部長の大沢一郎、さらに法人としてのスーパーゼネコン4社を独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で起訴した。その一方で特捜部は、捜査対象だった大林組の元副社長や清水建設の元専務を不起訴(起訴猶予)にする。彼らはリーニエンシー(課徴金減免)制度に基づいて、罪を免れた。
リーニエンシー制度は事実上の司法取引と呼ばれ、新たに捜査当局が使った手法だ。捜査に恭順の意を表して罪を認めた大林組と清水建設の幹部たちの無罪放免が物議を呼んだが、残る大成建設や鹿島建設の刑事裁判は続いた。21年3月の東京地裁による一審判決で会社側にそれぞれ2億5000万円の罰金が言い渡され、元幹部の2人には懲役1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決が下る。続く23年3月の東京高裁による二審判決でも一審判決は覆らず、目下、上告審の判断を待つばかりとなっている。
吹き荒れたゼネコン汚職の嵐
政官界と密接なゼネコンによる談合は今に始まったことではないが、リニア事件は10年ぶりの出来事だった。山内はこれまでにもたびたび談合事件に遭遇してきたという。
「談合の歴史は長いんでね。私の直に知っているところでいえば、もうずいぶん昔ですが、1991年の『埼玉土曜会事件』がありました。その次が93年のゼネコン各社の政治家に対する不正献金でした。それらの事件が、今度のリニア事件にも影を落としているといえます」
埼玉県はダムや道路、河川、上・下水道といった主要な公共事業だけでも年間二千数百億円の予算があり、そこにゼネコンが群がった。土曜会は大手ゼネコンが中心となり、県内の60社を超える建設会社の土木担当幹部が寄り集まってきた談合組織だった。そこに目を付けた公取委が91年5月、加盟する大成、鹿島、大林、清水、熊谷組など40社の支店や営業所をいっせいに立ち入り検査した。
まさしくバブル経済の崩壊直後のことであり、埼玉県政を揺るがせた。そして東京地検特捜部はこの埼玉土曜会事件を足掛かりに、全国のゼネコン汚職を摘発していく。手始めが93年6月、仙台市長だった石井亨の逮捕だ。この年の9月には、宮城県知事の本間俊太郎が収賄容疑で検挙された。特捜部の捜査は建設大臣だった中村喜四郎や茨城県知事の竹内藤男にもおよび、さらに全国の警察も談合捜査に乗り出した。ゼネコン汚職の嵐が日本中に吹き荒れたといえる。
宮城県のゼネコン汚職では、談合のボスとして君臨してきたスーパーゼネコンの幹部が贈賄側として次々と検挙された。鹿島建設の清山信二や清水建設の上野晃司、大林組の萩原惟昭、大成建設の橋本喬といった副社長たちだ。事件はハザマや西松建設、三井建設といった準大手ゼネコンにも波及した。なかでも大成建設は、東北支店長経験者2人も特捜部に逮捕されたうえ、旧建設省の発注する公共工事の3カ月指名停止処分という打撃を食らった。
一連の談合事件では収賄側の政治家たちが8人、贈賄側のゼネコン8社と大昭和製紙の最高幹部ら24人が起訴された。4ルート12件で現金が飛び交った賄賂総額は3億7900万円にのぼる。事件で大成建設は、宮城県知事の本間側に2000万円、仙台市長の石井側に2000万円を渡していた。
「いち早く白旗を揚げると損」
――バブル崩壊後に起きたゼネコン汚職をどうとらえているか。
「あのとき大成は、検察に対してすぐに白旗を揚げています。事件後の94年11月には、一審で当社の副社長に懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が下りました。会社としては副社長の名前が大きく新聞に載りましたけれど、それだけでは済まず、事実上の営業停止処分まで下されました。大打撃でしたが、判決に従い、刑が確定しました。
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