上野の東京国立博物館で特別展「始皇帝と大兵馬俑」を見てきた。だいぶ前に入場券は購入して持っていた。そろそろ行こうと思っているうちに、終了ギリギリに駆け込むことになってしまった。会場は満員ギュウ詰め。大きな会場いっぱいにギッシリならぶ騎馬俑、将軍俑、立射俑、軍吏俑などの数々もすごいが、別室に丸々特別展示されていた二つの銅車馬(始皇帝の死後その魂を乗せてあの世に運んだと伝えられる皇帝専用の四頭建ての馬車。実寸の二分の一模型)がすごかった。
始皇帝は、人が死んでも自分は仙人となって永遠に生きのびられると考えていたと伝えられる。自分の死後もあの世で自分に仕える従者、兵士、陪臣が必要と考え、それを人型陶製の焼物としてそろえたのが兵馬俑のはじまりとされる(これまでに発掘されたものだけで八千体)。それだけでなく、宇宙や自然界の模型、王宮なども人工的に作って残そうとした。地下宮殿の一角にそうしたモデル群も置いた。だが永遠の生を夢見た始皇帝も、現実にはわずか五十歳で死んでしまった。始皇帝の死後、わずか三年で秦帝国は滅び、漢(前漢)の時代に代った。兵馬俑も地下宮殿も二千二百年にわたって地中に埋もれて終った(関係者全員殉死を強制)。兵馬俑全体がこの世の栄華の空しさをつくづく感じさせる。
兵馬俑が発掘されたのは一九七四年、銅車馬が発掘されたのは、一九八〇年になってからだった。日本では一九七六年以来、六回にわたって断続的に公開されてきた。私はそのほとんどを見てきたが、今回の公開は、量的にも質的にも圧倒的である。
史記によると、始皇帝の死は、その報せがもたらす政治的影響の大きさから、すぐには周辺に報されず、しばらく秘密にされていた。始皇帝が急死したのは、国内巡行中のことだったので、その事実は、家族と重臣と日常的な世話をしてきた宦官など、五、六人の者にしか伝えられなかった。それ以外は、食事のあげさげから政務報告にいたるまですべてこれまで通り行われたので、始皇帝死去の報は約二カ月にわたって、秘密が守られた。その間、始皇帝の遺骸は、銅車馬に乗せられたまま走りつづけ、多数の従者や臣下なども銅車馬に同乗したままお仕えしていたので、みな皇帝が死んだことに気がつかないか、気がつかないふりをしていたという。
銅車馬は、展示室をグルリとまわりながら内部をのぞき込むと、その見事な内装を見ることができる。高級感あふれる凝った造りの窓は内部から開け閉め可能で空気の換気(温度調節)にも使われたため、轀涼車(おんりょうしゃ)とも呼ばれていた。冷暖房付きではなかったため、死後遺骸が臭気を発してくると、その臭気をごまかすために、魚の塩干物を大量に積んで走ったという。
とにかくこれは圧倒的としかいいようがない展覧会だった。そのスケールの大きさに仰天した。こういうものを見てしまうと、日本の政界で起きているちっぽけな政治ドラマなど、バカバカしくて見ていられないという気分にさせられる。
リアルポリティクスの世界で常に継続的に行われている政権争奪劇という政治ドラマも、アメリカの大統領選をめぐる政治ドラマと、日本の政界をめぐる政治ドラマとでは話のスケールの大きさにかなりの差がある。それでも、政権の争奪というレベルの話になってくると、何とも人間くさい欲望と野望のぶつかり合いと欺し合いの話だから、日本の田舎芝居の話でも、それなりに面白い側面がある。しかし、昨今、日本の政治ニュースでもっぱら話題になっているのは、そういうレベルの話ではなく、もっともっとグレードが低い話だ。あまりにバカげていて、真面目な政治ニュースとして取りあげることすらはばかられるような低レベルの話だ。曰く歯舞の字が読めなかった北方問題担当大臣、曰く民主党時代の放射線安全基準(一ミリシーベルト)は何の根拠もなく決められたと発言した環境大臣。曰くアメリカの現大統領は黒人で世が世ならば奴隷だった人物と放言した参議院議員など。ほとんどアホバカレベルの発言としかいいようがない(そもそもオバマ大統領は黒人奴隷の末裔では全くない。ケニア人の血を引くアメリカ人)。
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source : 文藝春秋 2016年4月号