欧米では昨年の夏に公開され、今年7部門でアカデミー賞を受賞した映画『オッペンハイマー』が、日本でも3月に公開されました。世界唯一の被爆国である日本では原子爆弾の開発と使用の部分が注目されていますが、ほかにも見どころがあります。今回は科学者の視点からこの映画を分析してみましょう。
主役であるロバート・オッペンハイマーは、ヨーロッパ留学から帰ると、カリフォルニア工科大学とカリフォルニア大学バークレイ校の教授を兼任しました。第二次世界大戦が始まると、マンハッタン計画のロスアラモス研究所所長として原子爆弾開発の研究を推進し、戦後はプリンストンにある高等研究所の所長を務めました。
この映画の重要な場面の舞台にもなる高等研究所は、私が博士号を取得する前年に研究員として1年滞在した思い出深い場所です。また、私は30年前にカリフォルニア大学バークレイ校の教授になり、2000年からはカリフォルニア工科大学の教授をしているので、オッペンハイマーと足跡が重なるところがあります。
2007年に東京大学に研究所が新設され、私は主任研究員になる予定でした。そこで、カリフォルニア工科大学の副学長に、東京大学との兼任にしてくれと頼みに行くと、「本学は他大学との兼任を許したことはない。オッペンハイマーにすら、バークレイとの兼任を許さなかったのだぞ」と言われました。
そのときには、東京大学と顧問契約を結ぶことで切り抜けたのですが、後に科学史の専門家に確認すると、「そんなことはない。オッペンハイマーはバークレイと兼任だった」と、証拠の書類も見せてくれました。副学長の勘違いだったのです。そこで、後に同研究所の機構長になったときには、兼任を許してもらえました。機構長を退任した後も、特別教授として兼任を続けています。こんなところでも、オッペンハイマーの経歴と重なっています。
さて、映画の主役はオッペンハイマーですが、彼を陥れるルイス・ストローズも重要な登場人物です。映画の冒頭に、ストローズがオッペンハイマーを高等研究所の所長職に勧誘する場面があります。
高等研究所は、当時は設立からまだ17年目という比較的新しい研究所でしたが、設立直後にドイツでヒトラー率いるナチスが台頭したため、それを逃れて米国に亡命した優秀な科学者を数多く雇用し、短期間でトップレベルの研究所になっていました。
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