ヘッジファンド運営会社「ルネサンス・テクノロジーズ」の創業者のジム・サイモンズが今年5月に亡くなりました。86歳でした。
金融の分野では、市場のデータを高度な数学とコンピュータを使って分析し、パターンを見出して金融商品の価格変動などを予測する人たちのことを「クオンツ」と言います。サイモンズは、この方法で大成功を収めたため、「クオンツの帝王」、「現代金融史上最も成功したトレーダー」、「ウォール街を征服した数学の天才」などと呼ばれていました。
たとえば、ルネサンス・テクノロジーズの主力ファンド「メダリオン」は、過去30年間、平均で毎年66パーセントの収益率を出しています。手数料を無視すると、10円が30年で四億円以上になる計算です。彼自身も毎年300億円以上の収入があり、亡くなったときには約5兆円の資産があったそうです。
しかし、40歳で金融界に転身する以前は著名な数学者でした。私は個人的にも交流があったので、この記事では彼の金融以外の面についてご紹介します。
ジム・サイモンズは1938年にボストンの近郊で生まれ、20歳でマサチューセッツ工科大学(MIT)を卒業した秀才でした。カリフォルニア大学バークレイ校の大学院に進み、23歳で数学の博士号を取得します。その後、ハーバード大学やMITで教鞭を取りながら、国家安全保障局で暗号解読の研究に携わります。しかし、1967年にベトナム戦争継続に反対する論説をニューヨークタイムズ紙に寄稿したため、翌年に解雇されてしまいます。
これが数学者としての転機になりました。当時すでに、彼の業績とリーダーシップはよく知られていたので、ニューヨーク州立大学機構が新設したばかりのストーニーブルック大学の数学科長に抜擢されました。ニューヨーク州のネルソン・ロックフェラー知事が州立大学機構の旗艦校にしようと大きな予算をつけたため、サイモンズはそれを活用して短期間のうちに一流の数学教室を立ち上げました。
またそのころ、20世紀を代表する幾何学者のひとりとされる陳省身(チャーン・シンシェン)と共同で、3次元の空間を分類するための「チャーン・サイモンズ理論」を発表しました。この理論は、その後、物理学の様々な分野でも活用され、1998年のノーベル物理学賞の対象になった「分数量子ホール効果」の説明や、私の専門分野である素粒子論の計算にも使われています。これらの業績に対し、彼は、38歳の若さにして、アメリカ数学会の名誉あるオズワルド・ベブレン賞を受賞しています。
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