
■企画趣旨
これまで2023年より4回にわたりカンファレンスの企画として注目をしてきたROIC(Return on Invested Capital、投下資本利益率)経営。
「ROIC経営が投資家から注目される背景」「ROIC経営の本質」「ROIC経営の実践知」「ROIC経営の光と影」など様々な角度から企業が資本効率を高めていくうえでの課題や克服のためのアプローチ法について考察をしてきた。
ROICを活用する際には、その定義や計算方法を正しく全社員が共通の意識として認識し、企業の実態に合わせて運用すること、短期的なコスト削減や資産売却によるROICの向上ではなく、長期的に企業価値を高めていくための安定した収益基盤の構築すること、資本コスト(WACC:加重平均資本コスト)との兼ね合いなど、真の価値創造をしていくためのポイントをしっかりと押さえ、バランスの取れた経営判断のもと実践していくが不可欠であると指摘をした。
そうした中、それぞれの企業が目標とするROICの達成に向け、どのようなKPIを設定するのが望ましいのかといった声が多くの参加者から寄せられている。営業利益、売上高成長率、営業利益率、資本回転率、設備投資効率、投資収益率、無形資産効率、コスト削減目標などROICの向上に直結するKPIは様々な場面で有効となるため、経営者は瞬時に数字やデータにアクセスし適切な意思決定をすることが不可欠となっている。
第5弾を数える本カンファレンスでは、「効率よく稼ぐ、ROICに連動した適切なKPIの再定義」をテーマに、ROIC経営を確実に実践し、投資家の期待を上回る付加価値を創出していくための方法について、実践者の視点も踏まえながら考察した。
■基調講演
企業価値向上に資するROIC活用における7つの提言
~資本コストを踏まえた全社戦略と事業ポートフォリオマネジメントのススメ~

早稲田大学ビジネススクール
教授
西山 茂氏
早稲田大学政治経済学部卒業、ペンシルベニア大学ウォートンスクール修了(MBA)、博士(学術)早稲田大学。公認会計士。監査法人トーマツ等を経て2002年から早稲田大学で教鞭を執り、06年から現職。主な著書に『入門ビジネスファイナンス』『企業分析シナリオ(第2版)』(東洋経済新報社)、『MBAアカウンティング(改訂3版)』『戦略管理会計(改訂2版)』(ダイヤモンド)、『増補改訂版 英文会計の基礎知識』(ジャパンタイムズ)、『ビジネススクールで教えている会計思考77の常識』(日経BP)、『「専門家」以外の人のための決算書&ファイナンスの教科書』(東洋経済新報社)、『MBAのアカウンティングが10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)など。
◎ROICの意味と活用意義
ROICとは、Return On Invested Capital。資金提供者から見た投資収益率のことだ。
ROIC=NOPAT(税引後営業利益)÷投下資本
ROIC=事業からの実質的な儲け÷(有利子負債+純資産)
財務(市場)と管理会計(社内の経営管理)を繋ぐ指標であり、資本コストをベースにした業績の見える化と企業価値の向上を促すための指標でもある。
ROICは近年、金融庁や証券取引所などの報告書や提言により注目・重視されるようになってきた。改めて、資本コスト(Cost of Capital)とは、資金調達コストのこと。企業に資金を提供している銀行や株主が、企業に対して期待(要求)してる儲けのことだ。投資家は金利+リスクをベースに期待・要求する儲けのレベルを考えている。資本コストについては特にWACC(加重平均資本コスト)を見る必要がある。
資本コストは、本日のテーマである毎年の業績評価や、事業投資プロジェクトの検討で確認する。前者では事業の投資効率を表すROICと比較する。後者では年平均何パーセント儲かるかを表すIRRと比較し、いくら儲かるかを表すNPVの掲載で割引率として利用する。詳細は下記スライド参照。

ROICは、WACC(資本コスト)を上回ることが必要だ。ROIC>WACCであれば基本問題なし。ROIC<WACCであれば業績改善が必要。ROICを高めるためには、売上高税引き後営業利益率と投下資本回転率を高めることが必要だ。ROICの具体的な数値目標(KPI)への展開も重要である(分解ツリー図とオムロンのROIC逆ツリー提示)。
ROICを活用したポートフォリオマネジメントも大切な基本事項である。

◎ROIC活用の課題/ROICの課題を乗り越えるために
ROICの計算や集計には数々の課題がある。(1)部門別のROICの計算については、部門別の投下資本の計算が難しい(部門別BSがない)など。(2)評価の基準となるWACCについては、部門別にWACCを変えるべきか、などである。
(3)現場への浸透・理解と責任の明確化について、(4)インセンティブとの関連づけについて、(5)毎年評価する指標であることについて、(6)率で評価する指標であることについて、にもそれぞれ課題がある。(5)と(6)はROICの本質的な課題であり、短期的視点が強く、長期的視点が弱くなるという懸念があり、成長の視点が弱くなる可能性もある。
課題への対応について。例えば(1)の部門別BSがないという課題解決には、事業に関連する資産や運転資本に関係する負債をもとに投下資本を逆算する、ざっくり作成する、という手法がある。(2)の部門別にWACCを変えるべきか、という課題には、可能な範囲で部門別のWACCを計算し活用する、という手法が考えられる。
各部門のBSを作成するにあたっては、後付けが難しい部分はある仮定で各部門に割り振るか、割り振らずに資本コストで調整するかを考える。また、事業分野によるリスクの違い、地域(国)による金利・リスクの違いを反映してWACCを変更することが望ましい。各事業、各地域の競合の状況などをベースに設定するのだ。
課題(3)現場への浸透・理解と責任の明確化についての対応としては、ROICツリーやKPIの活用、ロジック・ストーリー・現場の納得感&理解、BSC(バランスト・スコアカード)の活用などが考えられる。※BSC関連解説や荏原製作所などのツリー紹介あり(4)インセンティブとの関連付けについては報酬とのリンクも検討したい。
(5)毎年評価する指標であることについては、複数年評価、トレンド評価で対応。(6)率で評価する指標であることについては、成長の目標との併用やポートフォリオマトリックスの活用(成長軸・オムロンの図例示あり)、イノベーションを促進する仕組みやチャレンジを促す文化の醸成が考えられる。
まとめ。ROICは資本コストをベースに、事業や地域の違いを考慮して業績の見える化を行い、業績の改善を促すという面で意味のある指標だ。ざっくりとした視点も持ちながら集計し、KPIなどで現場の業務に結びつけ、インセンティブにつなげながら活用していくことが望ましい。ただ、長期的視点や成長の視点との結びつきがやや弱い可能性もあるので、それを促す仕組みも併用して活用することが望ましい。
■課題解決講演(1)
ROICマネジメントを支える経営管理基盤の実践
~BSデータやAIの活用による業績管理の進化~

ウォルターズ・クルワー
Tagetik Japan株式会社
ディレクター
妹尾 顕太氏
大手外資系コンサルティングファーム、連結会計システムベンダー、大手外資系IT企業等での20年以上の経験を経て、Wolters Kluwerの経営管理プラットフォーム「CCH Tagetik」を活用したグローバル経営管理の提案、コンサルティングサービスを提供している。グループ経営管理領域における提案、導入、保守、また大規模プロジェクトのプロジェクトマネジメントなど一貫したプロジェクトの経験や、単体会計システムの導入、海外展開している日系子会社の現地での支援など、幅広い経験を持つ。
企業の経営意思決定を支える経営管理プラットフォーム(EPM/CPM)であるCCH Tagetik。日本でのビジネスパートナー数は60社以上で、導入コンサルタントは1000名以上。日本の売上Top10企業のうち約半数に採用いただいている。
◎CFOと経理/経営企画を取り巻くトレンド
特に投資家との対話という観点で、近年、経営指標の開示、特に非財務情報(ESG)に関するガイダンスや法制度が整備されつつある。企業の持続的成長と、中長期的な企業価値の向上を見据えた経営が求められている。経済産業省、証券取引所、金融庁からもさまざまな提言、レポート、法令が出ている。財務情報以外の存在感が高まっているのだ。
企業価値の最大化が本質であり、ROICのような中間目標の向上が目的ではない。しかしながら、ROEやROICに代表される指標は、投資家等ステークホルダーが企業を評価する上で極めて重要な指標であり、ROICを重視している企業が増加傾向にある。
本来ROICを設定して管理する目的は、投資・撤退が可能な単位で評価し、事業ポートフォリオの最適化を図ることだ。しかし現場では、PL項目については事業別に予算化している一方でBSについてはできていない/便宜的に事業別BSを予算化している場合でもその評価・責任の所在は曖昧で、ROIC目標も分子側(PL側)のみで達成するように設定されている/事業別にROICも計算してツリーに展開し、各構成要素ごとに現場の担当者へKPIを設定・達成したもののROICが一向に高まらない/ROICが実際の経営判断に活かせていない……といった課題がある。
しかし例えば日本瓦斯は、長期的な視点で成長ストーリーを示したうえで、中長期的なバランスシートの計画やキャッシュフローの配分方針を策定するなど、株主・投資者目線を十分に意識した取組を行っている。また、丸井グループは、事業構造の革新に併せた「めざすべきバランスシート」の姿を、セグメント別の内訳とともに開示するなど、PBR1倍を超えていても更なる向上に積極的に取り組んでいる。こうした評価できる企業事例もある。
◎経営管理基盤を活用したROICマネジメント
ROICを展開した財務KPIを元に、計画策定(PLAN)、実績管理(DO)、比較分析(CHECK)、施策管理(ACTION)の管理プロセスをスムーズに回すためのシステム基盤たりうるか、が今、システムに求められている。CCH Tagetikの利用により以下が実現する。
PDCAを確実に遂行していくためには、計画・実績・見込みデータを比較可能な粒度で保持することと、明細データだけでなく非財務も含め関連するデータ等も異なる確度で分析でき、新たな打ち手の策定に繋げられるデータを保持することがポイントとなる。
システム(データ)を活用したPDCAについて。Step1:PLAN(計画策定)では、配賦機能を活用し、投資・撤退が判断可能な単位でPL、BSの計画数値を策定する。特にBS側の計画精度を上げるため、複数年度のPLや投資計画からBSの数値を策定する。また、AI予測機能を活用し、相関性の高いドライバーを認識した上でより合理的な計画数値の策定を実現する。Step2:DO(実績管理)では、予算と同様に事業(投資・撤退が判断可能な)単位にデータを保持し、かつ関連する明細・非財務データも併せて保持する。
Step3:CHECK(検証・分析)では、ダッシュボードレベルで俯瞰的に状況を把握し、内訳のKPI、構成する明細データ、関連レポートまで一気通貫でドリルダウンが可能だ。例えば、各要素がROIC数値にどれだけインパクトがあったかを容易に確認できる。単にKPIの構成要素へのドリルダウンだけでなく、関連するレポートへリンクさせ、「何が・どれくらい・なぜ」計画と乖離があるかを確認することで、部門長が責任を持って社内外へ説明できる元情報を得ることが可能だ。
最後の、Step4:ACTION(施策管理)では、予実分析の結果、新たな施策を明細レベルでシステムにて管理し、それを元に次のPDCAサイクルを回すことが可能。最終的に当該追加施策の効果についても検証が可能で、施策管理の精度向上にシステムが寄与する。例えば、追加のマーケティングプランを作成しその費用対効果なども明記すれば、事後の分析にも役立つ。

本日のまとめは以下の通り。
・企業価値の向上を目的にROICを活用するのであれば、分子の収益面だけでなく、分母の投下資本についても考慮に入れ、投資・撤退の単位で管理が必要
・その管理とは、PDCAサイクルを確実に遂行できる仕組みであることを言う
・投下資本の計画(BS計画)については、複数年で計画を策定することでより精緻な計画を実現できると考える
・計画値と実績値を比較検証し、改善の為の施策を検討、実行プランに落とすところ(CHECKとACTION)が特に重要なプロセスである
・その検証と分析プロセス(CHECKとACTION)だけでなく、PDCAサイクル全般でシステムを活用することで(ワンプラットフォーム上でPDCAを回すことで)より効率的に、かつ迅速で高度な経営管理が可能と考える
■特別講演(1)
SWCCのROIC経営
~企業価値向上に向けたROIC経営の進化~

SWCC株式会社
常務執行役員
資本戦略、人事、人材戦略、総務、法務、リスクマネジメント担当
上條 俊春氏
1988年3月に慶応義塾大学経済学部を卒業し、同年4月に株式会社埼玉銀行(現 株式会社りそな銀行)に入行。2007年4月埼玉りそな銀行の幸手支店長に就任し、2013年4月には同行の個人部長を務める。その後、2015年8月に株式会社りそなホールディングスのコンプライアンス統括部長に任命され、2017年4月株式会社りそな銀行の国際事業部長を務めた。 2020年5月、昭和電線ホールディングス株式会社(現 SWCC株式会社)に入社(出向受入)し、2021年4月には同社の経営管理統括部リスクマネジメント室長兼経理・財務統括部審査課長に就任。同年5月同社へ正式に転籍し、2022年4月執行役員 経営管理統括部長。2023年4月SWCC株式会社の執行役員に就任し、2024年4月からは同社の常務執行役員を務める。
SWCCは1936年設立。旧昭和電線ホールディングスから2023年に商号を変更し「いま、あたらしいことを。いつか、あたりまえになることへ。」をパーパスに掲げ、電線・ケーブル関連の事業を展開している。2019年度に、現社長の長谷川隆代の提唱でROIC経営を開始。近年は好業績に加え、政策保有株式売却・自己株式取得等の資本政策により業績PBR1倍以上が定着している。東証ホームページの「資本コストと株価を意識した経営」事例集にも取り上げられた。
◎ROIC経営の変遷
2019年からのROIC経営の変遷は以下の通り。(1)ROIC導入フェーズ(構造改革の推進)。不採算事業からの撤退・事業ポートフォリオ再構築。黒字でも投資効率が低い事業の整理⇒ (2)ROIC浸透フェーズ(事業別取組強化)。事業別WACC導入・社内報活用による浸透。取組事項明確化による全社的対応強化⇒ (3)ROIC高速化フェーズ(ROICスプレッドの拡大)。WACCコントロール強化・キャッシュフロー経営へ。ROICスプレッド拡大による企業価値向上、という流れで現在は(3)の段階にある。
資本政策の策定、事業ポートフォリオの見直し、経営資源配分などにおいて、資本コストを上回るリターンの持続的な創出を意識した経営を行うことにより企業価値の向上に結びつけることがROIC経営の狙いだ。各事業部門でROIC改善のためのPDCAサイクルを実践している。
まずは事業ポートフォリオ改革を進めるセグメント制を導入(製品別から市場別、グループ横断型経営へ)。「ROICマイナスWACC」と「成長性」で各事業の収益性を評価し、長年できなかった縮小・低収益事業の改革や見直しを行い、合弁・縮小・撤退・売却・海外移転等の判断をした。基本的な判定軸と数字をもとにすれば、方針ははっきり決められる。
ROIC導入で構造改革を開始して以降、順調に収益性(ROE・ROIC)は改善している。導入前の4年平均で3.8%だったROICは、19年の導入後4年平均で7.1%にまで向上した。
22年度から事業別WACCを導入した。最初はざっくりとした事業別WACC算定でスタートし、現在は全社WACCを算出し資本コストを出している。ROICの浸透には「社内報」を大いに活用した。事業別に、ツリー展開や具体的な取組例をイラスト・写真や図表も多用した分かりやすい資料で解説・紹介した。
ROICスプレッド(ROICマイナスWACC)拡大に向けて、バランスシートの入念なコントロールを実行し、2026年に目指すBSの姿の明確化を行っている。将来利益はBSから作られる。

ROIC経営の進化(ROICスプレッドの拡大)によりキャッシュを創出し、キャッシュアロケーション(成長投資・非財務戦略投資・株主還元)に繋げていきたい。
◎今後の取組み
中期経営計画=『ローリングプラン2024』の26年度目標であった「時価総額1500億円へ、格付けAマイナス以上」は既に達成し、企業価値・株主価値向上を果たせている。今後はさらに、TSR(株主総利回り)拡大、そしてエクイティスプレッドの拡大(ROE14%以上、株主資本コスト9%以下を想定)/株主還元の充実(配当性向35%以上かつDOE4%以上)を目指し、さらにキャッシュフロー改善/資産効率向上/資本コスト最適化に取り組んでいく。
現状のサブセグメントごとの位置付けをふまえて、26年度までの中計期間に事業ポートフォリオマネジメントを強化する。電力、建設、産業デバイス&通信、高機能製品といった事業の成長に注力する。
事業の特性に応じた重要KPIの設定も行う。一律のKPIではなく、事業区分ごとに事業形態(設備集約型or労働集約型)、ライフサイクル等を踏まえたKPIを設定。区分ごとにより影響度の高いROICドライバーを設定し進捗を管理する。管理にはROIC逆ツリー展開も活用する。
ローリングプラン2024の目標値(基盤3セグメント成長)のアップサイド要素となるBusiness Development戦略(基盤事業の幅出し成長)を強化し、26~30年度までの利益貢献を目指す。成長フェーズにあっては、ROIC数値の悪化を恐れない積極投資も行っていく。

当社のROIC経営の推進、社内への浸透には経営トップの強い意志・コミットメントが大きく寄与した。また、先述のROIC導入、浸透、高速化の各フェーズにおいて「ROICをどうやって経営に生かしていくか」という目的が明確になっていたことも良い結果につながったと考える。
■課題解決講演(3)
ROIC経営の実効性向上への要諦
~経営判断に資するKPI設定のあるべき姿~

株式会社アバント
東日本営業部 プリセールスグループ
鈴木 健一氏
総合ファームでのシステム監査のキャリアスタートを踏まえ、一般事業会社での連結経営管理・制度連結システムの導入、運用を10年にわたり従事。アバントに参画後は、プロダクト企画(プロダクト責任者)および導入コンサルタントを経由しマルチ製品を商材として扱うプリセールスグループに所属。日系製造メーカ(組立系、プロセス系)および多角化コングロマリット企業のグループ事業管理のPJTを歴任。管理と制度を繋ぐAVANTプロダクトおよびEPMプロダクトに知見を有する。
当社は、1,200社を超えるリーディングカンパニーの経営情報システム、特に「グループ経営管理」「連結会計」「事業管理」の3領域で最適なソリューションを提供。経営のDXを通じて顧客の企業価値向上に貢献すべく取り組んでいる。
グループ経営管理の専門領域で培ったノウハウを最適な形でパッケージ化した経営管理システム「AVANT Cruise」を提供。また、企業価値クラウド「AVANT Compass」は、株式市場における自社の立ち位置や投資家目線の評価を分析・モニタリングできるソフトウェア。本公演の後に登壇する野村證券の資本コスト分析や企業価値評価、シナリオ・リスク分析のノウハウと、アバントの経営管理ソフトウェア技術を融合して東証の要請への対応、企業価値向上に向けたマネジメントを支援する。
◎ROIC経営の必要な要素を考える(ヒト、モノ、データ)
企業経営は多くが基礎事業に基づきつつ多角化している。よって多くの事業判断要素を持ちながら事業ポートフォリオを意識した経営が重要になる。「コーポレート目線のROIC」と「事業目線のROIC」がお互いに両輪となって責任範囲、役割分担を明確にしていかないと、その運営に挫折したり、ROIC経営がうまく浸透しない。
グループ経営管理における、事業別ROICの算出ロジック構造は「どこまで何をROIC管理対象とするか」組織と科目の論点の組み合わせで考える必要がある。当社には、「管理会計ポリシー」を整備し、本社FP&Aと事業FP&Aが中期計画、ポートフォリオ、投資、制度連結、PL関連業務のPDCAサイクルを創出する、といった取組事例(考案)がある。
なぜ、コーポレートROICと事業別ROICの接合ができないのか?コーポレートROICの分析では“投下資本の定義”にコーポレート観点と事業管理で認識ズレがあったり、営業利益で事業が責任を負えない費目がある、といったことが挙げられる。前者では具体的に、共通資産の配賦基準/無形資産の稼働残高が捉えにくい/リース資産等の存在、などが論点となる。
経営環境の激しい変化に対応し、結果の分析だけでなく更なる高度化(予測分析)を取り入れた業務革新の要素を行うために、現時点での自社の状況を適切に評価することが重要だ。「何が起きたか」説明的分析⇒「なぜ起きたのか」診断的分析⇒「何が起きるのか?」予測分析⇒「何ができるか?」初歩的分析、という分析成熟モデルにおける、段階的成長を目指したい。
ROIC経営には三つの“必要な要素”がある。ヒトの要素=FP&A人材としての組織作り、ノウハウ転写されたアプリケーションを扱う人間の育成/モノの要素=データドリブンを可能とする、経営に必要な分析基盤としてのプラットフォーム(エンタープライズな分析基盤)/データの要素=経営に必要な、要素軸としてのデータ構造(データモデル)。
本公演ではデータの構造化、データにどんな軸があるのかに焦点をあてる。グループ連結経営のツリーの例は下記のスライド参照。会社や事業のデータを掘り下げるにあたっては、何を切り口として選択してデータをドリルダウンしていくか、要素分解して実際のKPIの情報に切り替えていくか、が大切なポイント。データの最終形を意識してデータをきれいに作っていくことがとても重要。経営の視点から見てどういうデータが必要なのか、アウトプットのところから見ていくことが肝要だ。

経営に資するKPI粒度で持つべき分析軸は最低限、以下の6つの組み合わせをデザインされた状態になっているようにしたい。それは、業務種別/会計期間/組織軸(会社軸)/勘定科目(グループ全体)/事業セグメント/仕訳種別粒度。そしてこれらを実現するためのHow(システム基盤整備)が重要だ。
まとめ。
・ROIC経営管理を行うためには、それを扱う「ヒト」「モノ(システム)」「データ分析モデル」の3つの要素を軸に考えるべきである。
・最終着地のコミットKPIは財務であるが、その相関を強く持つ非財務情報との分析は、ROIC経営管理を行う上での重要な要素である
・財務データは、あるべき分析軸の定義とアウトプットの検討をセットで取り組むべき
・非財務データありきの出発ではROICには結びつかないため、注意が必要である⇒財務情報と非財務情報の相関性を考慮し、取り組みを始めることが最適
■特別講演(2)
投資家から見たROIC経営の本質
~資本コストや株価を意識した財務・非財務KPIの選定と目標設定~

野村證券株式会社
金融工学研究センター長 マネージング・ディレクター
太田 洋子氏
慶應義塾大学経済学部卒業後、NRI入社。機関投資家向け株式運用コンサルティングを経て、1998年より金融工学をベースとしたソリューションの提供およびコンサルティング活動に従事、現在に至る。直近は非財務情報の可視化をテーマに、人的資本やインパクトの企業価値との関係分析に取り組んでいる。金融庁「ESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会」「インパクト投資等に関する検討会」などに委員として参加。
◎資本コストや株価を意識した経営の実践
プライム・スタンダード上場企業の約4割がPBR1倍割れの状態だ。低ROE企業が低PBRである傾向が確認できる一方で、ROEが高いのにPERが低い企業も一定数存在する。東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」要請から1年以上が経過しての東証のヒアリングに対し、投資家からは以下の趣旨の指摘が出ている。
資本コストの推計は資本市場目線で/資本市場目線の目標設定を/将来シナリオに基づいた企業価値シミュレーションが有効/ROICと資本コストで事業ポートフォリオを評価/成長戦略を語ることがPER向上のポイント……。本日は今後の改善が期待される企業群の課題解決について話したい。
ROEは株主資本コストに対応し、ROICはWACCに対応する。株式市場から「ROEが株主資本コストを上回っている」と評価されていれば、理論的にはPBRは1.0倍を超える。株主資本コストは、CAPM(資本資産価格モデル)と益利回りの両方の値を把握することが有益。ただし、当期純利益が大きく変動すると益利回りも大きく変動し、CAPMは株式の売買が少ない場合など適切に自社のリスクを表していない場合がある。
したがって、WACCも2通りで把握する。一般論として、投資家との対話には益利回りベースをメインに据え、社内管理としての投資判断のハードルレートはCAPMベースのほうが使いやすいと言える。
企業価値評価には、投資家に帰属する利益(税引後事業利益=NOPAT)から投資家の期待リターン(資本コスト額)を差し引いた残余利益であるEconomic Profit(EP)を使う。EP=税引き後事業利益-WACC×投下資本。EPを通して、企業は株価を意識した方針・目標を(中長期で)策定することができる。※EP法による企業価値評価、EP法の理論株価と市場株価の関係、施策実行によって期待される株価水準の把握、の詳説あり
◎投資家目線によるKPIの選定と目標設定
「ROE分解ツリー」を活用し、ROE~ROICを分解・分析することで財務的課題を可視化することができる。同業他社と比較分析し(断面と時系列)、業種内や市場全体における立ち位置を確認する(時系列)。
過去の財務指標と株価リターンの相関から、株式市場はどの財務指標で自社を評価していたかを推測することができる。一般的には、特別損益の影響でぶれやすいROEよりもROICの方が事業活動のKPIとして使い易いといえる。※過去の株価リターンとの相関に基づいたKPIの目標設定と、投資家目線を意識したKPIの目標設定、2パターンの試算例提示あり
◎ROICと資本コストに基づいた事業ポートフォリオマネジメント
2011年以降、日本企業による買収案件数は増加傾向にあるが、売却案件数はほぼ同水準で推移している。日本企業は不採算事業からの撤退に消極的である。事業ポートフォリオ再構築の意思決定には、事業別ROIC・WACCによる事業ポートフォリオマネジメントが有効である。

上記ポートフォリオ・チャートの横軸=事業別WACCの設定では、業種によって事業リスクが異なる点に注意が必要。事業別資本コスト(ハードルレート)の設定は、競合会社が明らかな場合はボトムアップ・アプローチで、そうでない場合はトップダウン・アプローチを用いるのが一般的だ。※事業別資本コスト算出方法2パターンと、地域(国)別資本コスト設定の詳説あり
◎ROIC経営と非財務情報の可視化
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、国内株式運用期間が選ぶ「優れた統合報告書」「改善度の高い統合報告書」を毎年公表している。ここで好事例として選定された企業の対TOPIX株価パフォーマンスは長期的に堅調だ。
AIを用いた分析の結果、2021年度の好事例報告書では「ROIC」や「気候関連」に関する単語の独自性が高かった。コロナ禍においても短期的な視点ではなく、事業や気候変動などの将来目線での開示を行った企業が評価されたと考えられる。22年~23年は気候関連に加えて「人的資本」「知的資本」「自然資本」に関する単語の独自性が高かった。自社の持つ多様な資本やサステナビリティを前提とした説得力ある価値創造ストーリーの発信・展開が評価されたことを示唆している。
サステナビリティに関する取組は株主資本コストを低下させ、期待成長率を向上させる。ESG格付けが低い企業の株主資本コストは高い。ちなみにESG+財務情報でPBR差異の約7割を説明可能だ。※持続的な価値創造実現のポイント詳説あり
ROEやROICを要素分解して可視化し、人的資本を含む戦略・施策やKPIを紐付けたもの(いわゆる逆ツリー)を開示することは、資本効率の向上に向けた取組や、各取組と企業価値とのつながりを説得的に伝える上で有益なアプローチだ。
人的資本はあらゆる戦略・施策の基盤となるものであるが、自社の重要事項や人材戦略を考慮の上、特に重要度の高い戦略・施策につき、人的資本にかかる施策・KPIと紐付けて開示することは有用だ。人的資本指標とROICの関連性を検証するアプローチで開示を支援している。独自性のある人的資本指標は、長期間のデータの蓄積により、多様な分析が可能となり、それを活用した価値創造ストーリーによって開示の幅が広がる可能性がある。
まとめのスライドは下記。PBRを上昇させるには、ROICと資本コストによる事業ポートフォリオ管理/非財務情報の可視化/投資家との対話姿勢など、企業価値を組織的に向上させるための仕組みをいかに構築するかがポイント。E(環境)やS(社会)の要素が産業向上の転換に大きな影響を与える中、そのリスクや機会をきちんと把握した上で、企業経営、戦略に織り込むことが重要だ。資本市場の視点で持続的な価値向上を目指したい。

なお、先に登壇したアバントと野村證券では、本講演で詳説紹介したコンテンツを搭載した東証要請プロセスをサポートするクラウドサービス「Avant Compass powered by NOMURA」を共同開発し、サービス提供を開始している。お問い合わせをいただければ幸いだ。
2024年11月28日(木) 会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局