【イベントレポート】会計を武器にする「グループ経営」 現場を動かす「生きたデータ」、FP&Aの最適解

FP&A(Financial Planning and Analysis)は、財務計画の策定や予算管理だけに留まらず、企業の戦略的意思決定をサポートし、現場レベルでのパフォーマンス向上に寄与する重要な役割を担っています。FP&Aは、企業の戦略目標と財務パフォーマンスを一致させ、リスクや機会を管理し、企業全体の最適な資源配分を支援し、競争力の源泉として推進をする企業が増えています。現場の業務改善や戦略立案に貢献するインサイトの提供、データ分析ツールなどを活用したリアルタイムな意思決定の促進、KPIと連動した財務指標の提示により、現場の意識や行動を変える役割なども期待されており、現場と経営を橋渡しする戦略的サポーターとも呼べるのではないでしょうか。
しかしながら、データの精度向上、現場との連携強化、人材育成の面で課題を抱えている企業も多く、全社最適を見据えた投資が不可欠となっています。

そこで、本カンファレンスでは、会計を武器にする「グループ経営」のあり方をテーマに、FP&A実践の最適解、マネジメントコントロールへの期待、グループ経営の高度化などについて、有識者、実践者の講演を通じ考察した。

■基調講演

FP&Aとマネジメントコントロール
~「現場の行動を変える」管理会計~

一橋大学大学院経営管理研究科 教授
『組織行動の会計学』著者
青木 康晴氏

2004年一橋大学商学部卒業、2009年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。名古屋商科大学専任講師、成城大学准教授、一橋大学准教授等を経て、2024年より現職。著書に『組織行動の会計学』(日本経済新聞出版、2024年)、『現場が動き出す会計』(日本経済新聞出版、2016年、共著)、近年の主な論文に“The moderating effect of private information on the relation between financial reporting quality and corporate dividend efficiency,” Accounting & Finance, 2025(共著)、"Determinants of the intensity of bank-firm relationships: Evidence from Japan," The Review of Corporate Finance Studies, 2023、"The effect of dividend smoothing on bond spreads: Evidence from Japan," International Review of Economics & Finance, 2023がある。

欧米企業の管理会計担当者は、Management Accounts, FP&A(Financial Planning & Analysis)Manager, Business Controllerなどと呼ばれ、CFO(最高財務責任者)組織に属するのが一般的である(池側, 2022,『管理会計担当者の役割・知識・スキル』, p.1)。ここでは、「FP&A=管理会計」という前提を置いたうえで、マネジメントコントロールという概念について述べたい。

管理会計システムには、上司のための情報システム(上司の意思決定に有用な情報を提供する)という機能と、部下への影響システム(期末における業績測定のやり方が、期中の部下の行動に影響を与える)という機能の2つがある。後者は、マネジメントコントロールシステム(MCS)の中核をなす。MCSは、「組織が、組織全体の目標を達成するために、そこで働く人々を動機づけ、まとめあげていくための仕組みやプロセス」と定義される。

マネジメントコントロールは、戦略を適切に実行するために不可欠である。組織構造や人材マネジメント、組織文化だけでは、社員を十分には動機づけられない可能性がある。マネジメントコントロールには、(1)成果が求められる次元(dimensions)を定義する、(2)成果が求められる次元で業績を測定する、(3)業績指標の目標値(業績目標)を設定する、(4)目標の達成に対して報酬を提供するという4つのステップがある。

ここでは、(2)成果が求められる次元で業績を測定するについて詳しく述べたい。マネジメントコントロールを実施する際には、管理可能性(controllability)の高い業績指標を設定することが非常に重要である。部下が一定期間、重要な影響を与えることができる業績指標ほど、管理可能性が高い。管理可能性は、権限と責任の対応を要請する特性である。

一般的に、権限は組織構造に基づいて決まる。組織を構成する部門はサブユニット(subunit)とも呼ばれ、組織図においてはボックスで表示される。そして、それぞれのサブユニット内の活動は、共通の手続き、権限、業績測定、目標、インセンティブに沿って行われる(Puranam and Vanneste, 2016, Corporate Strategy, p. 178)。

マネジメントコントロールを実施する際には、サブユニットのマネジャーが責任を負う変数、すなわち責任変数を設定する必要がある。管理会計において、会計数値がマネジャーの責任変数に含まれているサブユニットは、責任センター(responsibility center)と呼ばれる。責任センターは、収益(売上)/コスト/プロフィット/投資センターの4つに分類される。

責任センターを設定する際の留意点は、サブユニットと責任変数の対応があらかじめ決められているわけではないことである。すべての責任センターにインプット(ヒト・モノ・カネ)とアウトプット(製品・サービス)が存在し、資本が投下されている。したがって、論理的には、あらゆるサブユニットが4つの責任センターのいずれにもなり得る。

つづいて、日本企業による優れた実践例を紹介する。まず、日本航空(JAL)は、経営破綻後に部門別採算制度を導入し、それが同社の経営再建に大きく貢献した。破綻前は、社内にプロフィットセンターが存在せず、利益に対する意識が十分に浸透していなかった。そこで、路線統括本部という、「フライト一便ごとの採算に責任を負う組織単位」を新設し、利益計算の中核に据えた。その結果、これまで収益(売上)/コストセンターであった多くのサブユニットをプロフィットセンターに転換することができた。

一方、オムロンのカンパニーは、主として投下資本利益率(ROIC)、売上高成長率、そして営業利益に基づいて評価される。すなわち、投資センターである。このサブユニットは、それぞれが研究開発、生産、営業といった機能部門を持っている。そして、それらを調整する役割として、事業ユニット(製品サービスを軸に設定された業績測定単位)ごとにプロダクトマネージャーを設置し、事業ユニットの「疑似ROIC=事業ユニットの売上高利益率×所属するカンパニー全体の投下資本回転率」を測定している。

◎まとめ

・マネジメントコントロールシステム(MCS)とは何か
⇒組織が、組織全体の目標を達成するために、そこで働く人々を動機づけ、まとめあげていくための仕組みやプロセス

・MCSの中核をなすのが「影響システム」としての管理会計システム
⇒業績測定のやり方を工夫することで、社員の行動に望ましい影響を与えることができる(もちろん、その反対も起こり得る)

・マネジメントコントロールは、戦略を適切に実行するために不可欠である
⇒戦略策定に関わっていない人々が、組織にとって望ましい成果や、望ましい成果をあげるために必要な行動について理解している保証はない
⇒たとえそれらを理解していたとしても、望ましい成果に向かって自発的に行動してくれるとは限らない
⇒そこで管理会計による動機付けが必要になる

・マネジメントコントロールは、FP&Aにおいて見落とされがちな視点かもしれない
⇒情報システム偏重のFP&Aでは、大きな成果にはつながらない

■課題解決講演

"見える化"から"動ける化"へ、
「Loglass」導入企業から紐解く管理会計実践論

株式会社ログラス
グループ経営ソリューション部 部長
佐々木 仁保氏

新卒で大和証券(株)に入社し、中小企業や富裕層向けの金融商品セールスを担当。その後、IT企業に入社し、大手企業を中心に連結会計システムやBIツールといったITソリューションのセールスを担当。ログラスではエンタープライズセールス及びセールスチームの採用活動諸々の立ち上げを担当。現在は、グループ経営ソリューション部長として活躍。

2019年創業の当社は、20年から「予実管理が変われば、経営が変わる。」を標榜する経営管理クラウドLoglassを提供し、東証プライム上場企業を中心に日本を代表する多くの企業に導入いただいている(動画CM紹介あり)。

◎「見える化」から「動ける化」とは

FP&A成熟度モデルと照らし合わせると「FP&A先進レベル」=動ける化と言える。マネジメント・レポーティングにおいて例えれば、基本レベル(見える化1)=実績をそのまま報告/発展レベル(見える化2)=わかりやすく役に立つ情報を提供/先進レベル(動ける化)=適切な情報を適切な人に、適切な時に適切なフォーマットで提供、という具合だ。

多くの企業は基本~発展レベルの初期にとどまっている。現状打破のカギは、ファクトデータを最小のコストで収集・加工して次の一手を考える時間を作ることだ。日本でFP&A業務を担う経営企画部門は約6割の企業において月次の予実管理=業績収集・加工に7営業日以上も費やしているのが実態、という調査結果がある。

経営領域においてデータ活用ができている企業は全体の約3.5割。3割以上の企業が見える化から動ける化にシフトしている。DX推進もあり、今後この割合は増えるだろう。データの収集⇒統合・加工⇒分析・意志決定のフローの中で、前2段階には属人的な業務が多かったりフォーマットやバージョン、期日がバラバラだったりする例が多い。経営会議資料の作成工数は増大するし、理解が不十分なままの議論では良い意志決定ができない

◎導入事例紹介

Loglass導入後の業務フローは以下のスライド参照。データ収集業務の効率化に始まり、煩雑な分析作業も効率化して意志決定をサポートし、素早い改善アクションにつなげることができる。

導入企業の事例を紹介する。MIXIは、予算番号も含めた細かな分析コミュニケーションを一つのシステムで完結させ、属人化やミスを削減/事業部門も活用しやすいUXで予実意識を高め、現場レベルでの分析、戦術変更のPDCAサイクルを高速化/KPI等もダッシュボード上で一元管理し、予実データと連動した精度の高い再分析を行い、経営の意志決定を高度化、という成果を得た。

パーソルビジネスプロセスデザインは、関数を使った集計がなくなり、データ集計・分析作業時に発生する属人化の撤廃に成功/プロジェクト別の利益を任意のデータ(予・見・実)などに切り替えてスムーズに可視化が可能に/事業部の入力オペレーションを大きく変えずにシステム化。事業部側のハードルを下げた導入を実現。

KDDIは、会計ソフトの仕訳データをインポートすることでP/Lが自動生成され、レポーティングの業務フローを各社で統一化/国別・デバイス別等、複数の組織マスタを年度毎に所持し、ノーコードで誰でもメンテナンス可能に/中継・単年度予算・月次見込み等の計画データを編成プロジェクトで一元管理し、分析基盤となる経営管理DBを構築

TOPPANホールディングスは、投資先別のデータ統合・分析をひとつのシステムで完結させ、属人化やミスを削減/投資先メンバーも活用しやすいUXで予実意識を高め、現場レベルでの分析、戦術変更のPDCAサイクルを高速化/KPI等もダッシュボード上で一元管理し、予実データと連動した精度の高い再分析を行い、投資意志決定を高速化

当社はさまざまなイベント、セミナーを随時行っている。ご興味があれば参加いただきたい。

■特別講演

丸井グループにおける
FP&A組織の取り組み

株式会社丸井グループ
取締役 常務執行役員 CFO
グループFP&A・IR・財務・サステナビリティ・ESG推進担当
加藤 浩嗣氏

1987年(株)丸井(現丸井グループ)入社。丸井営業店での販売、クレジット契約業務、本社での経理財務部門、経営企画部門を経験後2013年経営企画部長に就任。15年にIR部新設に伴いIR部長を兼務。また、17年のESG推進部、19年のサステナビリティ部新設時より担当役員。15年から経営企画部長としてスタートアップ企業への投資に携わり、D2Cスタートアップ企業への投資・協業などを通じてD2Cエコシステムを支援する(株)D2C&Co.(丸井グループ100%出資)の社長も務めた。早稲田大学政治経済学部卒。※役職は講演当時のもの

◎設立の経緯/組織体制

当社は1931年創業で、小売り・金融一体の独自のビジネスモデルを展開している。2022年度から2期連続での当初計画未達により、予算管理の課題が顕在化。2023年9月から諮問委員会などで予算管理の課題関連の対話が始まり、FP&A部門の新設を視野に入れ始めた。

従来の組織体制では計数管理が分散し、計画策定・進捗管理の責任の所在が不明確であった。また、創業以来の主要事業内容の変遷・規模拡大(フィンテック事業の拡大など)に財務数値予測・管理等の機能が追い付いていなかった。

投資家からの信頼回復も含めた課題解決に向け、24年2月にFP&A部門を設立。役割は中期経営計画の策定、キャピタルアロケーションの司令塔機能保持で、計画策定⇒予実管理⇒検証⇒計画修正をCFO・FP&Aの一気通貫で実施する体制とした。

新体制は以下のスライド参照。なお、当社はグループ会社間での職種変更を積極的に推進する企業文化があるため、FP&A部門にはさまざまな経歴を持つメンバーが在籍している。

◎具体的な取り組み内容

実行した取り組み内容は、計画策定の精緻化/モニタリングフレームワーク導入/投資家とのスモールMTG/次期中期経営計画の策定、など。

これまでは努力目標を含む各社計画をもとに、内容の精査が不十分なままグループ計画を策定していた。しかし25年3月期はFP&Aで計画数値を精査の上、不確実性が高いものはグループの計画においては除外した。また、四半期決算ごとの分析・報告を月次でボードメンバーに共有できるようにフレームワークを構築(モニタリングフレームワーク)した。

24年6月には、投資家からの要望もあり「FP&A部新設」をテーマとしたスモールミーティングを開催。投資家やアナリスト18名が参加し、数値分析・進捗管理・計画策定等についての考え方について意見交換・対話を行った。

25年3月期第2四半期決算説明会では、次期中期経営計画の骨子について説明。今後の成長戦略を踏まえたキャピタルアロケーションは「非重点事業を圧縮し『好き』を応援するビジネスを中心とした重点事業に集中投資を行うことで成長を再加速」と定めた。資産側のアロケーションは、具体的に言語化して経営の意志として明示することで、今後の施策が進めやすくなると考える。

25年5月公表の次期中期経営計画には、以下を盛り込むべく現在ブラッシュアップをしている。小売・フィンテックのシナジー最大化に向けて、重点店舗に投資・人材を集中投下する/政策保有株は順次売却、会社資産の圧縮/主要KPIの設定(成長の再加速=業界平均成長率+5~6%、21年3月期グループ総取扱高10兆円など)/小売・フィンテックの施策に加え全社資産の圧縮や資本最適化で31年3月期連結ROE17%以上をめざす

次期中期経営計画においては、バランスシートの資産側(流動資産/固定資産/投資等)アロケーションを実施する。2023年までは自社株買い1500億円など、コーポレート主導で資本を最適化してきた。24年からは非重点事業資産は処分し、重点事業資産に集中投資する。事業会社との連結・連携は不可欠であり、FP&Aの役割はさらに重要になる。

◎FP&A担当者の声/めざしたい姿と実現に向けたステップ

丸井グループの人的資本経営(インパクトと利益の両立への道のり)について。進化には高いハードルがあり「創造力を全開にする=フローを体験できる組織」を創ることが必要だ。そのような組織を創ることで、めざす姿の実現と働く一人ひとりの幸せを両立できる。

従来は例外的であったプロジェクト型組織をスタンダードな働き方として拡大することも、働き方と組織のイノベーションの一例だろう。社内のワークエンゲージメント調査によると、FP&A部はフロー状態の社員が社内平均よりも高いという結果が出ている。

FP&A部社員の声を抜粋紹介する。<変化を感じる部分>「以前はコミュニケーションコストがかかっていた/レポートラインごとの異なる指示に迷わされることが無くなった/財務部門との連携・意思疎通がしやすくなった/事業会社のFP&Aを介することで以前よりも連携がスムーズになった/FP&Aができて数字のヒアリングがしやすくなった/他部署メンバーの意識も変わっている/ミッションが明確になった」

課題感>「データ化と合わせて業務のDX化の対応をやらねばならない/急に業務が増え手が回っていない/FP&A組織の存在や意義について社内ではまだ知られることが少ない/仕事の効率化があまり進んでおらず考える時間の捻出があまり出来ていない/知見や経緯などの情報が担当についているイメージ/アナログな作業で時間がかかってしまったり資料の在処がわからなくなってしまうことは改善したい」

事業会社のFP&A部社員の声は「各事業部に兼任メンバーがいることが良く、各事業やグループとの情報の流動性や連動性を強く意識し、実現できる/事業のあり方を俯瞰して客観的に考えるようになった/計画達成への責任感がより強くなった/キャッシュを生み出す施策を働きかけられるようになった/既存組織の目標達成意欲の低下を感じる=計画未達をFP&Aのせいにできる」がある。

ミッション(目指したい姿)とその実現に向けたステップは、下記のスライド参照。

私は、経営管理をメインで行う部署とCFOの直接のレポートラインがないことには以前から強い違和感を抱いていた。CFOは“SUPER財務部長”ではない。しかしながら、CFOの主管範囲が財務部やIR部のみだとそうなってしまう可能性は高い。中期経営計画のキャピタルアロケーションを策定したり、年次計画の策定、進捗管理を行うFP&A部署と直接のレポートラインでつながることが“脱・SUPER財務部長”と企業価値向上貢献への有効な手段だと考える。

2025年2月18日(火)  会場対面・オンラインLIVE配信でのハイブリッド開催

source : 文藝春秋 メディア事業局