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©末永裕樹/文藝春秋

――「レフト3.0」はそれまでの左派と何が違うのでしょうか。

「生産力重視」の運動だった「レフト1.0」

松尾 簡単にレフト3.0に至る説明をすると、まず「レフト1.0」というのは旧来の急進派マルクス・レーニン主義と、穏健な社会民主主義、その両方を指した概念です。急進派、穏健派の細かな立場の違いよりも、両者とも「産業の国営化」「国家主導による社会保障の充実」「改革の主体は労働者」を目指していたという共通項でくくると、歴史的推移がクリアに見えてきます。国営化して中央計画経済でやったらのびのびと生産力が発展する、そういう唯物史観によって支えられた「生産力重視」の運動だったわけです。

「労働者階級主義」への批判からうまれた「レフト2.0」

 ところが70年代に共産党の方針と距離をおく新左翼などから、「労働者階級主義」への批判が現れてくる。80年代になると完全に行き詰まってしまったその流れを踏まえて90年代に隆盛したのが、穏健派のイギリスのブレア政権や、ドイツの社民党シュレーダーに代表される「レフト2.0」です。「小さな政府志向」「市場原理重視」かつ「大企業に親和的」で、いまからすると新自由主義とどこが違うのか? という路線ですが、労働者階級への依拠を脱却して、フェミニズムやさまざまなマイノリティの市民運動も吸収していった点に特徴があります。その中の急進派はディープ・エコロジー運動で田舎に有機農法の共同体を作ったりするんですね。そういう「自立」志向の強さも特徴です。

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 この頃のレフトは、急進派も穏健派もともに、「供給制約」があるという発想が強かった。前者は、原油はもう供給制約があって行き詰まるとか、地球環境の制約があって行き詰まるといった見方で資本主義批判をし、後者は国際競争力をつけるにはとにかく供給能力を増やすのが大事だ、みたいなストーリーを組み立てるわけです。ところがそこに起こったのは長期不況です。日本はまさにそうですが、実際に生じたのはむしろ需要が足りないから失業者がたくさん出ているような「需要制約」。そういう大量の失業者が出て貧困に置かれている現実に対して、レフト2.0は対応できなかったんです。そんな状況下で生産力批判をしたり、「成長しないのがいい」と脱成長論を唱えたりしたから、当の失業者からしたらたまったものではなかった。

 もうひとつ、レフト2.0は軸足を労働者からマイノリティに移していたことから、例えばアメリカの白人男性のような主流派の失業者からすると、自分たちのことは放っておかれてよそ者ばかり甘やかしていると、不満がたまるわけです。そういう中でトランプ現象が出てきたり、日本でもネット右翼が安倍政権を支えたりしている。

 そうした反省を踏まえ、長期不況でひどい目に遭っている、それこそレフト1.0が言っていたような労働者階級にきちんと目を向けようというのが、2010年代からのレフト3.0の動きです。