私は彼と話すのがちょっぴり怖い。全てを見透かされているように感じるからだ。この日も「こんなコラムを書くんだろうな」と思いながら話しているに違いない。それほど洞察力が長けている。派手さはない。そんなザ・女房役が私は大好きだ。彼の礎は履正社での3年間にある。
山田哲人、T-岡田、寺島成輝、安田尚憲……数々の高卒ドラ1を輩出してきた履正社だが、岡田龍生監督はじめ、スタッフが口を揃えてナンバーワンOBと話すのが阪神タイガースの坂本誠志郎だ。プロでの実績をみれば、山田哲人が一番だろう。坂本の何が一番だったかというと、岡田監督の求める“履正社野球”を最も体現できていた選手というところである。7月に出版された指揮官の著書『教えすぎない教え』(竹書房)にも〈“考える野球”を具現化してくれていたのが坂本誠志郎だ〉とある。
“岡田野球”を一番よく知る男
驚いたのは先の甲子園決勝・星稜戦の朝の出来事だ。もちろん坂本は後輩たちの勝利を期待して「履正社が勝ちますよ」と言ってきた。OBとして当然のことだろう。根拠もなく私は続けて予想スコアを聞いてみた。すると「5―3」と返ってきた。この時点ではすごく適当な予想で申し訳ないが、普通にそれなりに打っちゃうんじゃないかなと思うということだった。ただ、私たち外野の人間の予想と違うのはこの次の言葉だった。「春の試合のダイジェストをみて、伸びしろが奥川君よりもうち(履正社)の打線の方がでかい」と言ってのけた。
選抜の初戦で対戦した際は奥川の前に散発3安打、17三振、完封負けを喫していた。この夏の星稜と智辯和歌山の試合を観ていればもちろん奥川の完成度の高さも目に留まったはずだ。しかし、それ以上に履正社打線の成長を感じていた。初戦の霞ケ浦戦で大会記録タイとなる1試合5本塁打を放った豪快な打線を「よく打ちますね」といいつつ、坂本が強さを感じたのは派手な部分ではなかった。その試合で岡田監督が3番の小深田に4回と8回に犠打をさせた場面だ。
「僕たちの時ならそんなに打てるチームでもなかったので普通にバントで送ってという攻め方でした。でも、今年のチームはあれだけ打てる。ほぼバントはしないような打線なのに試合の流れを汲んでバントをさせた。岡田先生らしいなと思いました」
さらに決勝のこのような場面でも坂本は“岡田野球”を感じたという。
2回、無死1塁で6番西川にスリーバント、同点で迎えた8回にも無死2塁で西川に犠打をさせ7番野口の適時打で勝ち越すと、1死にもかかわらず迷わず指揮官は8番野上に犠打を命じたのだ。そして9番岩崎が見事に適時打を放ち5点目が入った。
記者席で震えた。怖くもなった。「“徹底”できるチームは強い」。坂本が履正社にいるころから岡田監督が口にしていた言葉だ。決勝戦は見事に“徹底”しきっていたと言える。奥川に対しての徹底事項は「低めの変化球は振らない」ということだった。「決勝は“徹底”されていましたよね」。“岡田野球”を一番よく知る男の見立ては完璧だった。そのまま履正社は坂本の予想通りのスコア5―3で見事初優勝に輝いたのだ。