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 そして取材当日、指定されたホテルのカフェで待っていると、ゴム製の安物サンダルをパタパタさせ、作務衣のようなインドの赤い僧衣に身を包んだ小柄なおじいさんが現れた。顔には深いシワが刻まれているが、ニコニコとして愛想がよく、小さな黒いポシェットを肩からかけている。もっと眼光鋭く恐ろしい怪僧を想像していたので、少し拍子抜けしてしまった。

佐々井氏の宿坊。夏は50度近くにもなるが、エアコンがあまり効かないそう。

「歯向かえば殺され、残飯しか与えられない」不可触民

 しかし佐々井氏は、インタビューがはじまると顔つきが変わり、講談師のように力を込めインドの現状を語り始めた。

「お釈迦様が生まれたのはご存知の通りインドです。しかし現在、13億人のインド人口のほとんどはヒンドゥー教徒だ。インド仏教は他の宗教の攻撃に遭うなどして13世紀ごろまでには消滅してしまった。しかし、今、仏教徒が爆発的に増えておる。改宗している多くは、人口の2割いると言われる不可触民と呼ばれる人々です」

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 ヒンドゥー教とインドの身分制度であるカースト制度は深く結びついており、大別して僧侶、王族や戦士、商人、奴隷と4つの階層に分かれている。その奴隷のカーストにさえ入れないアウトカーストが不可触民である。

小さな村の仏教大会にも出かけていく。佐々井氏はどこでも大人気だ。

 佐々井氏が半世紀前に渡印した時、不可触民たちは井戸の水すら汲むことを禁じられ泥水をすすっていた。仕事も死体処理やきつい農作業しか選ぶことができず、高カーストから理不尽な理由で殺されても家族は訴えることもできなかったという。それでも何かにすがらずには生きていけないと、自分たちを差別するヒンドゥー教の神であっても、信じて祈っていた。

「なぜ抵抗しないか不思議に思うでしょう? しかし『お前たちは人間ではない』と3000年間にもわたって植え付けられた洗脳は、そう簡単に解けるわけではない。歯向かえば殺されるし残飯しか与えられないから体も小さく弱い。俺は各村をまわり『あなたたちも同じ人間である、仏教はヒンドゥー教と違って皆、平等である』と唱え続けたんだ」

犯罪が多発するスラム街が生まれ変わった

 すると、泣いてばかりいた不可触民たちは「自分も人間である」と目覚め始めたという。親たちは一食ぬいてでも子供を学校に行かせるようになり、子供は期待に応えて猛勉強した。学校でも職場でも高カーストからの嫌がらせは山ほどあったが、そんな時は、皆で団結し抗議するようにと佐々井氏は指導した。

毎年、秋に行われる大改宗式には全国から100万人が集まる。主役はもちろん佐々井氏だ。

 その結果、犯罪が多発するスラム街だった街が、半世紀を経て3階建ての立派な住宅が建ち並ぶ治安のいい街に生まれ変わったそうだ。取材終了後、「秋に100万人の大改宗式がある。ぜひインドに来なさい」と言って佐々井氏は帰国した。