音楽にインスパイアされることはものすごくあります
――その次の掌編集『遠くの声に耳を澄ませて』(09年刊/のち新潮文庫)は雑誌『旅』に連載されたものでしたよね。
宮下 そうです。これは本になった時に担当編集者が書店員さんを集めてくださったんです。その時にはじめて書店員さんという存在を意識しました。自分の本のために集まって、応援してもらった初めてのことだったので、感激しました。その後も応援してもらえるたびに感激しているんですけれども。その時に挨拶をした方が、本屋大賞の授賞式の時に何人もいらして、泣いている方もいらっしゃったんですよ。あの時はまったく売れなかったし、無名だった宮下をずっと応援して本屋大賞にできた、っていう気持ちでいてくださっていると思うんです。式では当時の担当編集者の方もぶわーっと泣いていて。なんでそんなに泣くのって思いながら、一緒になって泣いてしまって…。
――私はこの本の時に、はじめて著者インタビューで宮下さんにお会いしたんですよね。このなかに妊婦さんが登場しますが、当時担当編集者が妊娠していたので、彼女のことを思って書いた、とおっしゃっていましたよね。
宮下 そうですそうです! 授賞式の時にそのときのお子さんを連れてきてくれて、すごく可愛くって、それがまた泣けて。
――その次の『よろこびの歌』(09年刊/のち実業之日本社文庫)では女子高校生たちが合唱を通して心を通わせあっていく。高名なヴァイオリニストの娘だけれども挫折を味わった御木元玲や、うどん屋の娘の千夏たちが登場します。『終わらない歌』(12年刊/のち実業之日本社文庫)で彼女たちの3年後が描かれますが、続篇を書くのは珍しいですね。
宮下 主人公の御木元玲がどうしているのか、ずっと気になっていたんです。ちゃんと歌っているのか、だとしたらどんな歌を歌っているのか。ある日、女の子ふたりが完璧なハーモニーでハッピーバースディを歌っている場面が浮かんで、そうだ、玲と千夏の今を書きたい、と思いました。書き出してみると、ちゃんと彼女たちが3年分成長していて、すごくうれしくなりました。
――この2作や『メロディ・フェア』(11年刊/のちポプラ文庫)、『窓の向こうのガーシュウィン』など、今回の『羊と鋼の森』に限らず、宮下さんの作品には音楽が大きなモチーフなりアイテムなり、あるいはタイトルとして登場します。それはどうしてでしょうか。
宮下 好きなものを書いていくと自然に音楽が出てくるので、きっと私の中の大きな部分を音楽が占めているのだと思います。インスパイアされることはものすごくあります。
――クラシック好きかと思いきや、『よろこびの歌』の章タイトルがザ・ハイロウズの曲名だったりしますよね。どういう音楽をどういう時に聴いていますか。執筆の際に音楽を聴いたり、作品ごとにテーマ曲をつけたりしていますか。
宮下 音楽を聴くときは音楽だけを聴きます。そのときに一番聴きたい音楽を考えて選んで聴くので、日によってクラシックだったり、ロックだったり、ジャズだったり、いわゆるJ-POPだったりします。執筆を含めて、他のことをしながら聴くのはむずかしいですが、唯一、車を運転するときだけは、BGMとして聴きます。だいたいバッハかショパンをかけて心穏やかに運転しています。