どこで何に出会うかって、本当にめぐり合わせですよね
――外村君や佐古さんだけでなく、宮下さんの作品には愚直ながらも少しずつ自分の世界を広げていく若い人がよく登場しますよね。『本の雑誌増刊 本屋大賞2016』の受賞エッセイに、「実直さと愚鈍さを書きたい」と書かれていましたけれども、そう思うのはどうしてなのかな、と。
宮下 たぶん、自分にそういう自覚があるんだろうと思うんですね。実直さは欠けているかもしれませんが。たぶん、私は本当にのろまなんですね。就職していた頃も仕事が全然できなくて、自分は駄目なやつだなって思っていたんです。たぶん今も、社会に出たら、自分は何もできないな、と思うんじゃないかな。それがたまたま小説を書いてみたら、すごく楽しかった。だから私は幸せだったけれども、もし小説というものがなかったら、私は愚鈍な人間として、自分は何もできないなと思いながら生きている人間になっていたに違いないんです。そう考えると、どこで何に出会うかって、本当にめぐり合わせですよね。そんな人間の書いた本が本屋大賞をいただけるなんて、本当に奇跡みたいなことですよね。
――授賞式のスピーチでご自身のことをやたらと「知名度が低い」「初版部数の少ない作家」と言っていましたね(笑)。
宮下 それを大賞にしてもらえたのが本当にありがたくて。自分で言うのはなんですが、本屋大賞の良心だなって感じたんです。愚鈍な人間だけれども、何かに巡り合ったら、もしかしたら愚鈍なだけじゃないかもしれない、というのはすごく思っていることなんです。華々しいことがなくても自分はしつこく書き続けていきたいし、私は小説を書けているだけでオールOKみたいなところがあるので、本屋大賞は出来すぎですね。でも本当に、小説を書くことに出会えてよかったって思っていて、その喜びみたいなものを書きたいです。
――そもそも小説を書き始めたのが、3人目のお子さんを妊娠中の時ですよね。それまでの人生で小説家になるということはまったく考えたことがなかったんですか。
宮下 気づかなかったんです。文章を書くこと自体は好きだったんです。たとえば子どもの育児日記を延々と書いてしまうとか。ただノートにずっと書いているだけで、それをきっちり整理する能力はないので、資料としての価値はないんです。あとから読んでもそれが何歳の時のことかも分からない。ただ綴っているだけでした。
本を読むのは好きだったので、好きな作家への憧れはありましたけれど、その世界に自分が行こうという考えはなかったですね。
――それが、3人目のお子さんを妊娠中に、突然「今書かなくては」という思いにかられた、という話はよくされていますよね。ご自身ではホルモンのせいにしてますね(笑)。
宮下 本当に、なんだったんですかね。よかったなと思います。3人目は娘なんですけれど、もしかしたら娘がラッキーのキーなのかなと思っていて。縁起のよくない話ですけれど、お腹のなかにいる時に「ちょっと育たないかも。覚悟しておいてください」って言われたんです。ああ、駄目なのか、すごく悲しいって思っていたら、2週間後に検査に行った時に「動いてます」「生きてます」って言われたんです。「この子はもう駄目かも」って言われたのに、生きていて……あれは今思い出しても、もう……。しかも、元気に生まれてきたんですよね。ものすごくラッキーです。だから、そういうのも関係あるかもしれないですね。私のところに来てくれてよかったと思った子が生まれるのと同時に小説も書けました。彼女が生まれてから、ずっと幸せだなって思うんです。その彼女が今年中学生になったので、こじつけみたいなんですけれども、私も今まで小学生みたいな小説を書いていたのかもしれないけれど、やっと中学生になれたんじゃないかなって(笑)。それで本屋大賞をいただけたのかな、と。こじつけすぎでしょうか。
――それじゃあ高校大学と進んで社会人になったら、どんなすごいレベルになっちゃうんですか(笑)。
宮下 あ、そうですね。でもこのあとグレるかもしれないし(笑)。