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「会社が国の助成金を利用してくれない」コロナ危機のなか、立ち上がり始めた労働者たち

不利な立場になりそうなとき、有効な権利行使の手段は?

2020/04/16
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厚生労働省も現状を憂慮

 ご存知の通り、新型コロナの感染拡大を防止するため、政府は全国一斉の休校要請を行い、これにともなって、子どもの世話をするために仕事を休まざるを得なくなった保護者の所得を補償する助成制度を整備した(新型コロナウイルス感染症による小学校休業等対応助成金)。対象となる従業員に年次有給休暇とは別の有給休暇を取得させた企業に、当該従業員に支払った賃金相当額が助成されるというものだ(1日8,330円が上限)。従業員に賃金全額を支給することが条件とされている。

 しかし、Aさんのように、国が整備した制度を会社に利用してもらえず、困っている労働者は少なくない。あくまで助成金を申請するのは企業であり、労働者個人が申請することはできないからだ。一方で、企業には助成制度を利用する法的義務は課せられていない。

 NHKの報道によれば、全国の労働局に設置されている特別相談窓口にも、「利用させてもらえない」という保護者からの相談が寄せられているという。こうした事態を受けて、厚生労働省は3月25日付けで全国の労働局に通知を出し、労働者から相談があった場合には、実態を把握した上で、企業に電話や訪問をするなどして制度の利用を促すよう指示している。

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厚生労働省 ©文藝春秋

ユニオンでの団体交渉

 Aさんはその後、個人加盟の労働組合・総合サポートユニオンに加入し、会社に対して、国の助成制度を利用することを前提に、従業員が子どもの世話をするために休んだ場合に特別の有給休暇を認め、賃金全額を支払うよう求めた。

 本社に団体交渉の申入れをしたところ、サイゼリヤの担当者は「今のところ、国の助成制度の利用は考えていない」と答えた。その理由として挙げたのは「制度の利用手続きが煩雑」、「助成制度を使ったとしても休業補償の金額はあまり変わらない」、「助成金を利用して特別休暇を与えてほしいという従業員のニーズが思ったよりも少なかった」といった点だ。だが、担当者が助成制度の内容や従業員のニーズを十分に理解していなかったため、Aさんにとってはとても納得のいく説明ではなかった。Aさんは会社との交渉を続けている。

 会社が助成制度を利用してくれない場合、労働者がそれを実現させる手段は、労働組合による交渉がほぼ唯一の方法だ。労働局に相談すれば、会社に対して利用するよう働きかけてくれるかもしれないが、会社がそれに従わなければならない法的義務はない。他に頼れるのは労働組合以外にないのだ。

 労働組合の良いところは、賃金などの労働条件に限らず、労働環境など、職場の幅広い問題について会社と「交渉」できることだ。法律に書かれていないことでも、職場の状況や働く者の実情に応じて会社と話し合いを行い、改善を図っていける。一人では言いにくいことも、仲間と一緒に交渉することで主張しやすくなる。一方で、会社は、正当な理由なく、労働組合が申し入れた団体交渉を拒否することができない(労働組合法7条)。

 労働組合というと「春闘」のような賃上げ交渉をイメージする方も多いと思うが、実は、このような職場の身近な課題を話し合いによって柔軟に解決していけるところにこそ、その良さがあるといえる。「感染対策をしてくれない」とか「在宅勤務が認められない」といった、法律だけではなかなか解決できないような要望についても交渉のテーブルに乗せることができる。

 なお、一人でも、労働組合に加入して団体交渉を行うことができる。個人で加入できる労働組合はユニオンと呼ばれ、全国各地にあるので、「職場を改善するために会社と交渉したい」という方はお住まいの地域にあるユニオンを探して連絡をとってみるとよい。