昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2020/06/07

(5)「どうふるまえばいいのかわかる」自信と希望

 そんなふうに「ひとりにはしてもらえない」ひとり暮らしは、おかげさまでたのしく過ぎていった。集落でも用水路の掃除や神社の掃除、草刈りに出ると、拙い動きでも人手として喜んでいただいた。家にいても次々と「事件」が起こる暮らしは面倒で手間なことだらけにも思えるかもしれない。実際、DIYで改装したり電気もオフグリッド化したり……当初思い描いていたような理想を実践するには至らず、妥協もあった。だが、私はたった1年間で驚くほどできることが増えた。四季折々の農村での暮らしに対して「どうふるまえばいいのかわかる」ということは、大きな自信や希望につながる。新しい土地に行っても、私には、ここで覚えた季節を迎える段取りや自然と向き合うことの具体的なイメージがあるのだ。

 
 

 集落の何人かで夜に散歩をしていたのがすごくよい思い出で、星が降ってきそうな夜空の下、季節毎に野菜や集落行事、時にはスーパーの安売り事情なんかを話しながら歩いた。ツキノワグマの出没で次第に歩けなくなったのが残念だったのだが。手間を惜しまずに、集落や家の維持にエネルギーを注ぎ続ける人びとの土地。きらびやかなものはないかもしれないが、この土地にはそうした人びとの「手間」が、生きてきた時間そのものが浸透している。だから、この場所は美しいのだ。

 

空き家を出て大野市内のアパートへ

 今、私は慣れ親しんだ空き家を出て、大野市内のアパートであらたにひとり暮らしを始めたところだ。大野での調査にいったん区切りをつけて東京へ引っ越そうと準備をしていた矢先に、新型コロナウイルスの感染がひろがっていった。空き家暮らしのことを振り返っていると、毎日のように人に会いに行き、がむしゃらになんにでも挑戦できた日々が特別なものに思えてくる。生活は変わった。だが、そうではない部分もある。

 

 4月も下旬になると、外からトラクターの音が聞こえてくるようになった。朝は6時頃から草刈りが始まることもあって、「早いなあ」と人の気配を感じながら起きる。田んぼには水が張られて新緑の山々や芝桜を映す水鏡になり、大野に田植えの季節がきたことを告げた。先行きが見えない中でもこうした兆しは、私を心からほっとさせた。相変わらずめぐる四季の気配に耳を済ませながら、私は静かに研究生活を続けている。

写真=北川真紀

この記事の写真(18枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー