(4)「おすそわけ」のルールを学んだ
一軒家で過ごす日々は、毎日が新鮮だった。四季の移り変わりをまるごと経験した。家の2階の窓からは絶景が望め、窓から手が届く距離には、秋に実のなる柿と栗の木が1本ずつあった。実がなると、その収穫は本当に楽しい。ひとりでは食べ切れない量になるので、そこで「おすそわけ」のルールを学んだ。地域には、収穫した柿をうまく加工してハイセンスなおすそわけにしてしまう人もいる。干し柿を自作の木の枠にはめ込んでバターをサンドしたおやつ。これが絶品で冬の間中楽しませていただいた。レモン汁やカルダモンを振りかけるとシェフ顔負けの味になる。
タヌキと毎朝遭遇…次にモグラが
この土壌に命を育まれるのは、音も立てず、移動もしない植物だけではない。最初の秋に悩まされたのは、タヌキだった。庭のあちこちに「タメフン」があり、収穫し切れなかった柿や栗がふんだんにある我が家に住みついていた。毎朝出かける瞬間に目が合い、追いかけると家の裏に逃げ込むということを繰り返す。タヌキはそのうちいなくなったのだが、次に畑にやってきたのはモグラで、痕跡があちらこちらに見つかった。ひとつずつ穴を潰したり、土壌に超音波を当てたり、地面に風車を差してカタカタという震動を地中に伝えることで追い払いを行うのだという。なかなか姿を見かけることはないのだが、モグラは土を荒らす農家の大敵なのである。
家のなかにネズミ、庭にはツキノワグマ
野外だけならまだいいのだが、私の家の天井裏には「なにか」の気配があった。たまに友人を呼んで鍋をしているとゴソゴソとなにかが動く。年明けにお餅つきをして持って帰ってきた餅が翌日にひとつなくなっていたという事件があり、一体誰がそのお餅を持っていったのか……屋根裏を覗きにいくのも恐ろしくてそれ以上探索しなかったので、こればっかりは謎に包まれたままである。
住まいに慣れてきたころ、白く小さいネズミと家のなかで目があったことがある。私はその時までに狩猟免許のわな猟と第一種銃猟も取得しており、大型獣の狩猟の経験もあったにもかかわらず、ひとりで家のなかのネズミに対峙したときは「勝てない……」という気になってしまう。見ないふりをするということもできず、結局市販のネズミとりを設置するもいっこうに捕獲に至らなかったネズミは、食べ物になりそうなものをすべてしまい込む時間とともにどこかに行ってしまった(はずだ)。
つぎつぎと動物たちが顔をのぞかせる、絵本顔負けの物語のクライマックスは、四季の折々の思い出を抱えてこの家を去る段取りをしはじめた頃、家の栗の木にやってきたツキノワグマである。季節が一巡した秋の日、庭の栗の木の枝が不自然に2、3本折れていた。折れた箇所を確認して、そのまま目線を下にうつすと、木の下では茂ったミョウガの葉が横倒しになっていて、獣が寝た跡のようになっている。その跡を見て直感したのだった。間違いなく、私が住む家の庭にはクマがやってきていた。その時のことは、さらに詳しく別の記事にある(「越前大野で私が遭遇したクマたち」#1、#2)。