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エリートなのに物知らずで可愛い……“女子アナ”人気に見る、日本人の歪んだ願望

「女子アナ」から考察する日本社会 #2

2020/07/27
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 今、20代女性の保守化が言われている。「男性は外で働き、女性は家を守るべき」と考えて専業主婦に憧れるそんな女性たちは、一つには現状認識ができておらず60年代生まれの親から仕込まれた幸せの法則を悠長に信じているのかもしれないが、一方では男性も女性も老人になるまで働き続けなければ生きていけないという現実を前に、「男」役をやることへの強い不安を覚えているのではないかと思う。

 家事と育児に専念する「女」ロールが成り立たなくなった今、彼女たちに用意されているのは勝ち組男のロールではなく、安い給料と不安定な雇用で働き続ける負け組男のロールである。男女格差が大きく働き方が硬直化した社会で、女性に働き続ける人生を選べというのは、ワーキングプアを増やすことに他ならない。

 食えない者同士でくっついてやりくりして子どもを産めというのが、どうやら日本の「女性活躍」の本音らしい。そんな不穏な空気を感じている若い女性たちは、もはや再現不可能になってしまった「結婚したら仕事を辞めて子育てに専念する」という母親世代が手にしていた選択肢を必死にイメージして、負け戦に駆り出されるのを拒んでいるのかもしれない。

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 一方で、男は男らしくという刷り込みによってあらかじめ退路を断たれていた男性たちも、ここへ来て「男はしんどい」と声を上げ始めている。自分の父親と同じように身を粉にして働いても稼げる額は父親の8割ほどだ。24時間滅私奉公で稼ぎ続けるロボットのような人生にはもはや何のご褒美も用意されていないことがわかっている。従来の「男らしさ」に義理立てするメリットはない。今や結婚しても妻には仕事を続けてほしいと希望する男性が多数派で、家事育児をすることに抵抗がない男性も増えている。

 しかし共働きをあてにされても女性は困惑する。男性の年収の3分の2しか稼げない上に多くは非正規雇用で、出産すれば職場では厄介払いされる。夫にやる気はあっても男性の育休取得は難しくパタハラもある。結局は妻がパートをしながらのワンオペ育児になるのは目に見えており、保育園に入れなければ仕事復帰すらできないのだ。

「女性も働いて自立を」と言われても、見えている結果が家計のやりくりに苦労するワンオペ育児なら出産しようとは思わないだろうし、そんな苦労をするくらいなら高収入の男に養ってもらいたいと思っても無理はない。だが希少種の稼ぎのいい男は、同じくらい学歴が高く稼ぎのいい女性が学生時代から確保してしまうので、そうそう余ってはいないのである。

©iStock.com

「生意気な女は嫌われる」は不満を抱かせないための刷り込みだ

 昭和の稼ぐ働き手の量産体制でも、平成・令和の稼げない働き手の増産作戦でも、「働きながら家族と生きる」という人間として当たり前のことが不可能な働き方を強いる限りは誰かが犠牲になる。それは大抵女性である。

 万歳三唱で夫と息子を送り出し空襲で焼かれた国防婦人も、猛烈サラリーマンの母親役を課された妻たちも(80年代にヒットした『聖母たちのララバイ』という曲の歌詞を読んでほしい。特に2番)、カツカツの共働きでワンオペ育児に泣くママも、人が人らしく生きられない理不尽な働かせ方を強行するための人身御供である。

 女性差別や女性蔑視は、そのような理不尽な構造に甘んじるしかない立場に女性を囲い込んでおくための呪文でもある。先述の“女子アナ”のロールにも顕著なように、テレビを通じて視覚化される「女は男よりも頭が悪い」「生意気な女は嫌われる」というメッセージは、女性が現状に不満を抱かないようにするための刷り込みとして機能する。女は従順な方が愛されると考えている限り、女性は貧乏くじをひかされ続けるのである。

 女が人柱になるのは一義的には配偶者のためだろうけれども、その配偶者の男性たちもまた、時間と労力と人間性を搾取される、組織のコマでしかない。女も男も幸せになれない世の中で、結局誰が得をするのだろうか? 

 ジェンダーの問題を考えると、どうしたって権力との関係を考えざるを得ない。だからこそ本来権力を監視するべき報道機関であるメディア企業がジェンダーに関する物事をどのように表現するのかは非常に重要なのである。

足をどかしてくれませんか。——メディアは女たちの声を届けているか

林 香里 ,小島 慶子 ,山本 恵子 ,白河 桃子 ,治部 れんげ ,浜田 敬子 ,竹下 郁子 ,李 美淑 ,田中 東子 ,林 香里

亜紀書房

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エリートなのに物知らずで可愛い……“女子アナ”人気に見る、日本人の歪んだ願望

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