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 暮らしが豊かになり、絶対的な貧困が減る一方で、文化や風習などが失われて二度と元に戻らないこともたくさんあります。文明の喪失と発展を繰り返すなかで、もしも人類が幸福になっていないのだとしたら、文明は何のためにあったんだろうか、歴史はどういった意味を持つのだろうか……そんなことを僕は常々考えていました。

 ですから江戸時代以前の文明が滅びていく過渡期を描くことで、現代日本人である読者のみなさんに、当時の日本を見て“ふしぎの国”に迷い込んだ感覚を楽しんでもらいながら、文明が滅びるとはどういうことなのかを伝えたいんです。

「自分は根無し草」という感情を抱えていた

――そうした想いを抱いたきっかけについてお教えください。

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佐々 もとを辿るなら幼少期の感情にまでさかのぼります。僕は子どもの頃から、自分のルーツがどこにあるのかわからないという気持ちをぼんやりと持っていたんです。無国籍感のようなふわふわした感覚をずっと抱いていました。

 僕は生まれも育ちも東京なんですが、祖父母の出身となるとそれぞれ全国津々浦々で、全員本家との縁も切れていました。僕の実家は隣近所の付き合いもあまり深くなく、地域のお祭りに参加して神輿を担いだりしたこともない。そうしたバックボーンがあって、僕のなかに漠然と、自分は根無し草なんだというような感情がずっとあったんですよね。

 だから、日本の過去の歴史であっても、歴史ものの作品は僕にとってファンタジーの異世界のように思えていたんです。例えば時代劇を観たり、日本史の授業を習ったりしても、髷(まげ)を結って着物で歩いている人たちと、現在の自分たちとは、断絶されているように僕には感じられて。前時代から現在まで歴史が地続きで繋がってる実感を持てなかったんです。

画集から図鑑まで、たくさんの資料が並ぶ佐々さんの仕事場 

――歴史というのは確かにフィクションのような世界にも思えます。

佐々 そうなんです。けれど、近現代の価値観を持った西洋人が書いた前近代の日本の旅行記や滞在記を読んでみたら、すごく説得力があって入り込めたんです。当時の欧米は近代化が進んでいましたから、価値観は今の我々と似ています。要するに、僕らは日本人でありながら、文明開化以前の日本人の感覚よりも、その当時の西洋人の感覚のほうに共感できるわけです。

 そんな西洋人の目を通して当時の日本人を見たときに、「本当に彼らは存在していたんだ」という実感を、僕はようやく持てたんですよ。それを漫画にすることはまだ誰もやってないし、きっと面白くなるはずだという思いに至って、『ふしぎの国のバード』の骨格は出来上がっていきました。