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手が震えるほど興奮したシーン

――ここまで描き進めてきたなかで、特に印象に残っているエピソードを教えてください。

佐々 第1巻の2話目で、バードの旅の後ろ盾となる駐日イギリス全権公使・パークスが登場したシーンですね。

 この話でパークスは「今、この国でひとつの文明が滅びようとしている。あらゆる考え方、あらゆる生活、あらゆる文化が姿を消すだろう。“江戸”という呼び名と共に。滅びは誰にも止められない。しかし、記録に残すことはできる」というセリフを言っています。

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 当時の僕は、自分が描きたいテーマではあったものの、それを登場人物に直接的に喋らせないほうがいいかなとも思っていたんです。でも担当編集さんから、この作品における重要なテーマだからきちんと描くべきという助言を受け、パークスのセリフにしました。結果的に、そうしてよかったなと、強く思っています。

 この見開きのシーンを描けたときは、ネームの時点で手が震えるくらい興奮していたのを覚えています。そうした経験はその後も何度かありましたが、一番初めに強く感じられたのがこのときだったので、今でも強く印象に残っています。

 ただ、メッセージ性が過剰になりすぎないように気を付けています。それだけに、テーマを自然とにじませるチャンスがあるときは、とてもテンションが上がりますよ。

当時の小物の資料などに囲まれた佐々さんの仕事机

――苦労されたエピソードはありましたか?

佐々 同じく第1巻の5話、日光の民宿の娘・お春の話を描いた回は、ネーム(原稿の下書き)だけで7、8回は描き直しましたね。お春が初潮を迎えたことを町中にお披露目する通過儀礼に、バードは「そんな晒しものみたいにするなんて」と顔をしかめます。でも最終的にバードも、その儀式は自分だったら受け入れられないけれど、お春ちゃんが喜ぶならば祝福しようと決めます。

 テーマのデリケートさはもちろん、作画の技術的な面でも難しかったんです。当時は、子どもをどうやって描いたらいいのかわからなくて……。担当にも「絵がヘタ」とズバッと指摘されたくらいです(笑)。

 結果的に、今まで描いたことがない物語を描けてよかったと思います。初連載の序盤で、描ける作品の幅がどうしても狭いなか、なんとか手探りで挑戦した賜物かもしれません。ネームには3か月もかかりましたけどね(笑)。